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(2005年12月27日付)
年末にあたり、各国の女性ジャーナリストたちに、2005年を振り返って、話をしてもらった。
「韓国のエリート大学志向は大変強く、大学修学能力試験(日本の大学入試センター試験に相当)は国民的関心事です」
昨年の修能試験で、携帯電話を使ったカンニングや替え玉受験などの組織的な不正が続々と発覚。そのため、11月の高等教育法改正によって、今年から、試験場での携帯電話所持だけで処罰されることになり、試験場に携帯電話を持ち込んだ受験生27人、MP3の所持で3人が摘発され、彼らの試験は無効になった。
「しかし、その多くは入室時の提出忘れと見られ、電話を不正使用した形跡はないようです。また、試験中に回答の手順を誤った学生の試験も無効にされました。どちらも、来年の受験資格まで奪われる厳罰に同情論が出ており、一部の学生の来年の受験資格回復は可能と見られています」
「10代の子供二人を持つ母として、一人は英米などに留学させることも可能ですが、本人たちには、その気はないようです。子供たちは、韓国に住む限り、この厳しい試験を乗り越えるしかないと考えています」
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1987年、KBSに記者として入社。2002年10月から05年2月まで、東京特派員。駐日中、公務員の夫は休暇を取り、息子(12歳)、娘(16歳)と家族で来日。夫は本を執筆した。日本で一番驚いたのは通り魔事件。
「取材で訪れたタイで、津波のため孤児になった少女たちが売春をして生きていることに私は衝撃を受けました。私はタイ当局と協力し、少女たちの売春防止活動に加わりました」
イタリアでは、ジャーナリスト志願者は、18カ月間、マスコミに正式に雇用訓練され、国家試験に合格する必要がある。
スカリエッタさんは、ブリュッセルの大学時代には、国際政治学を学ぶ傍ら、仏語の新聞を創刊・編集していたが、大学卒業後の1993年、ブリュッセルに記事を配信する会社を設立。自己訓練で、国家試験に備えた。受験者は記事の執筆、法律・政治・経済問題に答える筆記試験と口頭試問を受ける。彼女のときは、判事1人を含む15人の試験官がいた。
正式なジャーナリストになってからは、新聞・週刊誌の記者、テレビ局のプロデューサーなどを経て、フルブライト奨学金を得て、ニューヨークの大学でビデオや写真撮影を学び、2000年に来日し、現職。
03年には、3カ月間、中国各地を旅し、写真やビデオを撮り、本を執筆。東京で写真展を開くなど、精力的な活躍をしている。
スカリエッタさんが日本で興味があるのは、日中関係、靖国神社をめぐる問題。また、韓流ブームは「80年代のイタリアで、女性たちがブラジルのメロドラマに夢中になった現象によく似ている」と言う。
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ローマ生まれ。両親の仕事のため、ブリュッセルで、高校・大学生活を送る。今年末に、離日の予定。
「『インド週間』の取材中に、カシミール地方で地震が発生。私は何か貢献しなければと思いました。カメラがなく、言葉だけで状況を説明したこともありました。そして、被災現場では、衣食住が足りている自分に罪悪感がありました」
「7月のロンドンの同時多発テロ事件発生のときは、ベビーシッターは家に来られず、私も会社に行けませんでした」
この事件の背景には、英国のムスリムの不満があるとも言われている。英国でパキスタン系として生まれ、中東で育ったフセインさんも「イスラム系アジア女性として働くことに、差別が全くないとは言えない」と。
BBCでは、記者がニュース・プレゼンターになる。その一人であるフセインさんは、その抜擢の理由について「BBCの多様性に対する意識が高まったときに、少数民族出身の女性である私がその場にいたという幸運からです。15〜20年前だったら、私が現職に就くのは、もっと難しかった」と謙虚に語る。
能力主義の多文化社会を目指す英国で、フセインさんが「良い教育」を受け、教養ある英語を話すことも、その機会を得た理由であろう。
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法学修士号を取得。2004年、英国におけるアジア人女性の活躍を称えるアジア・ウーマン・オブ・アチーブメント賞の30歳以下の女性を対象としたヤング・アチーバー・オブ・ザ・イヤーを受賞。現在、ロンドンに夫、息子(1歳)、母の4人で暮らす。