

(1998年7月11日付)
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独立性弱く商業主義が強い現状 欧米では考えられぬテレビ局の行政への“謝罪” |
マスコミュニケーション研究の権威でアムステルダム大学名誉教授のデニス・マクウェール氏。長年にわたる研究の結果、メディアの社会的責任を明確化する必要性を痛感し、近く『メディアの自己責任』を刊行する予定である。同志社大学の特別招聘(しょうへい)客員教授として来日していた氏に、日本のメディア状況について意見を聞いた。(野山智章記者)
――日本では放送における「やらせ」の問題、テレビ朝日報道局長の“偏向報道”発言問題、TBSビデオ問題など、メディアの不祥事の多くが、かかわりあった個人の非とされ、テレビ局側の郵政省に対する謝罪によっておさめられてきた。このような現状をどう見るか。
いささか驚いています。他の国々ではあまり見られない状況だからです。
メディア産業構造内での競争の欠如は、日本特有の状況のひとつです。特に新聞社系列のテレビ局というのは他の国ではあまり多く見られるものではなく、むしろ政府への依存傾向を喚起するという点から問題視されるべきでしょう。
その意味で日本のメディアが、あまり独立性を持っていないことに驚いています。日本のメディアは、時として政治家や政府を批判する論陣を張ることによって、あたかも独立性を持っているように見えることもあります。しかし他方、行政に謝罪表明もするというのは、私には驚きです。これはやはり独立性の欠如という危険性を示しているのではないかと考えます。
諸外国では状況は異なっています。ほとんどの国では、メディア間で政治的な立場の差別化を図ろうという競争が存在します。ですから特定の政治色を持つメディアは、反対勢力に謝罪しようとはあまり思わないわけです。
――日本の映像・活字メディア双方とも、利益至上主義および社会的強者や広告主の意向を推し量る傾向があると指摘されている。また「オーディエンス(視聴者・読者)が求めているから」等の理由づけによって際限なく娯楽傾向を進行させ、その結果としてジャーナリズム性の減少という問題が生じている。メディアは人々の社会的判断の基礎資料を提供するという、本来の社会的機能を強化すべきと考えるが。
この問題は他の国々でも見られる問題だと思います。西欧諸国でも、商業的競争、放送局の民営化等によって、映像・活字メディアが提供する情報の種類に対して多くの批判があります。しかし一方で、民放でもその公共的機能に添って事業を展開しています。
メディア本来の主たる機能は有用な情報提供にあるという点はその通りだと思いますが、なぜ情報を十分に与えないかを考える時、それは政治的なものでなく、商業主義によるものだと思います。商業主義という点で日本は先進国です。
――今、メディア事業の中で何が起こり、それらを研究者はどう捉えているか? 視聴者・読者はどう対応すべきか?
マス・メディア研究者の間では、事業の集中、商業化、質の低下といったマイナスの傾向を指摘する見方もあれば、新しいメディア、あるいは技術による現行メディアの変革、新しいアクセスの誕生といった、プラスの期待をする見方もあります。
新しい技術によって、コスト的にもメディア参入の壁が低くなっていくでしょう。楽観的な予測としては、一般市民の参加、交流、相互作用が活発になり、独占状態が崩壊していく。現状ではまだ新メディアをスタートさせるには広告費など莫大(ばくだい)な費用がかかり、その意味で高い壁があります。
視聴者・読者の対応の問題ですが、非常に重要な問題です。どこまで巨大メディアの消費者でとどまるのか、少数派のメディアを求め選んでいくのか……。これは社会全体の発展の状況にかかわってきます。社会自体が段階的に発展、前進していくことが、良いメディアを育てる条件であると思います。
――「公正」や「公共性」「公益性」などのキーワードがあるが、いかにしてメディアの社会的自己責任を確立すべきか?
メディアの説明責任は、非常に大きな問題です。しかし、最初の質問から感じたのですが、メディアは必要以上に説明責任を負うべきでもありません。政府に対する説明責任に関しては、ある種の制限があってしかるべきと考えます。
説明責任とは、自らの行為に対して責任を持つということであり、批判に返答することであり、ただ権力者に対応することではなく、視聴者・読者に対して答えていくことであり、メディアの社会的目的に応えることだからです。
メディアの説明責任は、より広い意味での公益性という点において考慮されるものと考えます。支配者側への服従を意味するものでは決してありませんし、またそうであってはなりません。メディアが社会に知識を提供し、橋渡し役となる、その本来の機能を果たしていく為のものです。
過去のメディアは互いに批判しあうことなく、また批判に耳を傾けませんでした。しかし、今日のメディアは、あまりにも重要な存在となったので、メディアがメディアを無視することはできなくなっています。一層メディア間で討議が展開され、メディアの問題に関する世論が形成されていくことが重要でしょう。
略歴 Denis McQuail 社会学者。1935年英国生まれ。59年オックスフォード大学卒。メディアと政治過程の研究を出発点に過去20年にわたってアムステルダム大学で総合研究を行い、その著作のいくつかが標準的な教科書の一つとして世界的に認められている。著書に『マスコミュニケーションの社会学』『マスコミュニケーションの理論』など。