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(2005年12月6日付)
財政赤字や社会基盤の整備など課題 |
オックスフォード大学のニール・ファーガソン教授は、インドこそが大英帝国の「ダイヤモンド鉱山」であったと、著書『エンパイアー』でその重要性を述べている。
欧州列強が貿易関係を求めた17世紀のインドは、ムガール帝国に支配され、世界総生産の4分の1を生む裕福な地域だった。インドは絹をはじめとした繊維貿易で英国に経済的富をもたらしたばかりでなく、資源や植民地確保に欠かせなかった兵力も提供した。インドを制することなくして、大英帝国はなかったであろう。
そのインドは、2003〜04年度には8%の経済成長を達成し、ボンベイ証券取引所株価指数は03年には72・9%の上昇率を示し、合併買収総額は、本年11月末比で昨年の4倍(183億ドル)となった。カシミール問題は残っているものの、パキスタンとの緊張はかなり緩和し、にらみ合っていた中国とも関係改善がすすみ、さらには、7月のシン首相のワシントン訪問では、最高級のもてなしを受けた上で、ブッシュ政権から核の民事利用支援を約された。
同じく地域の大国として注目される中国とは違い、政治体制や宗教の自由といった面からも民主主義国家として評価されており、国民の多くが英語を話し、教育水準も高く、コンピューター技術に長けている若者人口を抱える。この強みを生かし、インドのIT企業は米企業のソフトウエア開発を請け負い、ハイテク製品のヘルプラインなどコンピューター技術と英語を利用した遠隔サービスの拠点となっている。外国企業による投資は今年11月末までで昨年同期比2倍以上の79億ドルに上っている。
こうした経済成長の結果、中間層から富裕層の合計が約2億人に膨れ上がった。10億強の人口は、市場としても大きな可能性を秘めている。ムガール帝国はイスラム王朝であったが、今でもインドは、インドネシアに続いてアジアで2番目に多いイスラム人口を抱え、パキスタンとの関係からも長年イスラムテロを経験してきており、テロには厳しい対応を示してきた。
技術や人的資源、めざましい経済成長、中東、中央アジア、北東アジアの中間に位置する地理的条件、民主主義的政治体制は、アメリカが経済やテロ対策上、関係強化を図るに十分な条件を備えている。
さらにインドには地政学的魅力もある。印中関係が改善したといっても、中国のスリランカやミャンマーとの関係強化は、「インド囲い込み戦略」の一環と疑心暗鬼の目を向けるインドの専門家もいる。核兵器保有国となった1998年、バジパイ首相は、クリントン大統領への書簡の中で、「62年にインドを侵略した核保有国」を核武装の理由の一つに挙げている。台頭する中国対策に手を焼いているアメリカにとって絶好のパートナーである。
アメリカはこのインドとの関係改善を模索してきたが、核拡散防止条約に調印せず、核兵器を開発したことが、大きな障害となっていた。しかし、ブッシュ政権は、多角的な戦略的パートナーシップを築く方針を定め、既に防衛や宇宙開発協力、資源問題、核の安全確保などでの協議がはじまっている。インドはアメリカの技術、武器協力を大いに歓迎し、アメリカの威信は自国の国際舞台での台頭に欠かせないが、超大国に威圧されることなく、あくまでも対等なパートナーとしての関係を築く固い姿勢を示している。
誇りと自信にあふれたインドであるが、すべてが順風満帆というわけではなく、さまざまな問題も抱えている。
中央と地方政府を合わせた財政赤字は8%に及んでおり、借入金の利子払いや膨大な官僚組織と補助金に支出が回され、電気などのインフラ(社会基盤)整備は大幅に遅れている。
経済改革は多少進んだものの、直接投資にはまだまだ制約があり、悪名高い規制や雇用法は改善の見通しがない。富裕層が厚くなる一方、貧富の差は広がり、国民の4人に1人が貧困層に含まれる。
一方、製造業の高収益は効率化によるもので、雇用には繋がっていない。東南アジアの例を見ても、製造業が大量の雇用を生まない限り、安定した経済成長はかなわず、社会不安を招く恐れがある。
皮肉にもインドが民主主義国家で、一党独裁あるいは専制政治でないことが問題解決を難しくしているとも言える。シン首相の国民会議派は、共産党などの左翼政党との閣外協力を余儀なくされているが、労働組合を支持基盤とする左翼連合が、経済改革の障害となっている。
米国がインドの戦略的価値へ高い評価を示す間に、その支援を梃子に大幅な国内改革を推し進めない限り、インドは大国の仲間入りすることなく、「大民主主義国家」で終わってしまう恐れもある。 (アメリカン・エンタープライズ政策研究所客員研究員)
略歴
かせ・みき 東京生まれ。上智大学外国語学部卒。米国フレッチャー外交法律大学院修了。1978〜94年、東京銀行勤務。スタンフォード大学ワシントン校客員研究員を経て、現職。著書に『大統領宛 日本国首相の極秘ファイル』(毎日新聞社刊)がある。現在、西側同盟をテーマに日本、アメリカ、ヨーロッパで調査、インタビューを行っている。