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寄稿論文

ドキュメンタリー映画『ビリーブ』の美しさ

(ジャーナリスト・東 晋平)

(2005年11月29日付)


知的発達障害がある9人の若者の挑戦

メディア本来の使命を教えられる作品に



自分の目で世界を見ること

 2005年2月、スペシャルオリンピックス冬季世界大会が長野で開催された。

 パラリンピックが身体にハンディのある人々の“もう一つのオリンピック”であるのに対し、スペシャルオリンピックスとは、複数形になっているように、知的発達障害のある人たちが日常的にスポーツに取り組み、自立と社会参加をめざそうとする活動である。

 世界中から取材メディアが集結したその長野の地に、鮮やかな防寒具に身を包んだ1組の取材クルーがいた。19歳から35歳まで9人の男女。じつは、彼ら自身もまた知的発達障害のある人々であり、しかも日ごろからスポーツに挑戦しているアスリートたちだったのである。

 来年新春にロードショーが予定されている映画『ビリーブ』は、この9人の日々を追いながら、彼らと一緒に長野大会を記録したドキュメンタリーだ。

 まったくの初心者だった9人が、慣れない合宿生活を繰り返し200日もの時間を費やして、取材者となる練習をしていく。

 陽気にダジャレを飛ばし、ときにケンカをし、一歩一歩練習を重ねながら、生まれて初めて触ったプロ用のカメラや機材を、やがて自在に操るようになっていく彼ら……。

 さらに、自分たちが赤ちゃんだったころの写真を用意し、インタビューの練習をする。6歳までの知的発達障害児童が通う施設にも取材にでかけ、自分自身の経験を語る。スノーボードを体験しながら、雪上の競技をどう撮影すればよいかを話し合っていく。

 アテネから届いた聖火が東京の首相官邸に到着すると、クルーは他の報道陣にまじり官邸玄関で小泉首相にもインタビューをした。各国のアスリートたちが受け入れボランティアの家で過ごす様子や、聖火リレー、そしてもちろん競技の本番も取材していく。

社会が彼らをできなくしている

 スペシャルオリンピックスの淵源は、ケネディ大統領一家にある。大統領の妹ローズマリーには知的発達障害があった。その下の妹ユニスが、同じように知的発達障害のある人々に庭を開放してキャンプを始めたことが活動のルーツ。今日では150カ国以上、170万人のアスリートと50万人のボランティアが参加する、メジャーなスポーツイベントとなっている。

 『ビリーブ』を監督した小栗謙一氏は、1999年に訪れた米国ノースカロライナ州での夏季世界大会で、ユニスさんのこんなスピーチを聴いた。

 「障害者はできないのではない。社会が、彼らをできないと思って、できなくさせているのだ」

 小栗監督はその後、知的発達障害のある2人の青年がアメリカでホームステイをする様子を描いた『エイブル』、2003年夏季大会で日本選手団を迎えたアイルランドの町と、そこに暮らす少女エイミーの一家を描いた『ホストタウン』を世に問うてきた。

 しかし、本当に「障害者はできないのではない」と自分が信じられるならば、彼らを被写体とするばかりでなく、彼らと一緒に映画を撮るべきではないのか。この自問自答から生まれたのが『ビリーブ』である。

 自分から積極的に行動することや、初めて操作する機材に戸惑っていた9人は、やがて別の問題に悪戦苦闘していく。映像であれインタビューであれ、人々が互いを理解し合うために、取材対象から何を引き出せばよいのかという問題に、気づけば彼らは悩みつつ挑み始めていたのだ。

 それは彼ら9人が、メディア(=媒介者)というものの本来の使命を自ずから理解していた証左である。

描かれたのは「私」の可能性

 ところで、「彼らをできないと思って、できなくさせている」社会とは、まさしく差異にこだわる社会ということになろう。

 換言すれば、それは常にマジョリティー(多数派あるいは優勢側)とマイノリティー(少数派あるいは劣勢側)を嗅ぎ分けて生きる社会であり、マジョリティーと見なされる側にいることが幸福だという思念に囚われている社会である。

 しかし、そのマジョリティーを定義するのは、いつの時代もマジョリティー側であり権力側なのだ。つまり差異にこだわる社会とは、まなざしまで権力に支配され、自分の目で自由に世界を見ることのできない社会ということになる。「僕たちは自分の目で世界を見る」――これは、『ビリーブ』のサブタイトルである。

 109分の美しい映像を見終わるころには、私の中で何かが変わっていた。“彼ら”を凝視していたはずの私の目は、いつしか“私たち”を、そして“私”を見つめていたのである。

 これは彼ら9人の可能性の物語ではなく、まぎれもない私自身の可能性の物語であった。そういうまなざしの転換を実現させてくれたのは、9人のクルーがメディアとして見事に成功していた賜物であろう。

 ●2006年1月中旬からシアター・イメージフォーラム(東京・渋谷)でロードショー、全国順次公開。

 (ジャーナリスト)


略歴

 ひがし・しんぺい 1963年、兵庫県生まれ。駒澤大学卒。神戸連続児童殺傷事件の遺族の手記『彩花へ・「生きる力」をありがとう』を企画構成しベストセラーに。報道被害や少年事件の背景に通底する社会的課題に取り組む。日本マス・コミュニケーション学会会員。