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(2005年11月22日付)
ウオーターゲート事件の謎が明るみに |
先ごろ日本語版も出版された、ボブ・ウッドワード著『ディープ・スロート 大統領を葬った男』の緊急刊行を促したのは他でもない、ウオーターゲート事件報道をリードした重要匿名情報源、ディープ・スロート本人が身元を明かすという少々意外な顛末であったのは周知の通りだ。
30年以上の時を経てようやく明らかにされたその正体は、マーク・フェルト元FBI副長官であった。匿名情報源の是非がもっとも問われている時期に、偶然にも本書が発売されることとなったのは興味深い。
現在、ワシントン・ポスト紙編集局次長のウッドワードは、本書の中で、ディープ・スロートの果たした役割の重要性と、そのために冒したリスクの大きさ、それに報いるためにも匿名情報源秘匿は最重要事項であったことをいくども強調している。匿名情報源は「いかなる対価を支払っても守らなければならない」「それが自分の仕事であり、面子である」と書く文面からは、ジャーナリストとしての矜持がにじみ出る。
しかし、ウオーターゲート事件の際のウッドワードの判断は情報源秘匿についてのみならず、ニュースが国民にもたらす意義についても的確であり、それゆえに意味があったことを私たちは改めて思い起こす必要がある。
匿名情報源のもたらす情報がメディアによってニュースとして国民に知らされることで、利益を得るのは国民であり、特定の政治的意図を持った情報源であるべきではない。このもっとも基本的な判断を誤れば、情報源の秘匿という慣行そのものが非難や危機にさらされてしまうことになる。通称「ローブゲート」を巡る混乱はその縮図といえる。
政権の不正を暴くという報道の使命を果たしたウオーターゲート報道ですら、匿名情報源の「動機」は純粋であったとは言いがたい。フェルト氏はFBIを政治的に操ろうとするニクソン政権を軽蔑し、FBIを守ろうと情報漏えいを行ったというのがウッドワードの見立てだが、これは好意的な見方にみえる。
フーバーFBI長官の死後、FBIでナンバー2の座にあり長官ポストを狙っていたフェルト氏が、ニクソン大統領が外部から長官を選出したことに対して個人的に強い感情を抱いていたことは疑いがたい。それはまた、フーバー長官の下で強引な違法捜査も行ってきたフェルト氏にとって、自らの数々の違法行為が明るみに出る恐れも意味した。
ニクソン政権の不正に対する義憤ももちろんあったであろう。しかし、違法となる情報漏えいをもってしてでもニクソン大統領の試みを阻止し、自らのキャリアをかける理由をフェルト氏は持っていた。こうしたフェルト氏のもう一つの動機の可能性について、本書は語ってはいない。
本書ではウッドワードのフェルト氏に対する負い目も見え隠れする。ウッドワードに情報を与えスキャンダルを明るみに出すことで、「フェルトは自分に向かって容赦なく燃え上がってくる導火線に火をつけた」。
ウッドワードに協力したことによりフェルト氏は自分が行った不正捜査にもスポットライトを当てることになり、後に起訴された。他方、ウッドワードはこの報道によりスター記者としての地位を確立し、その後もベストセラーを連発する。ウッドワードに直接の責任はないにしろ、ある種の罪悪感を感じていたことは想像に難くない。
ウッドワードは、フェルト氏が家族や友人に近年、ディープ・スロートであることを明かし、周りから公表するように勧められていたことを知っていた。スクープに執着するのであれば先手を打って公表するという選択もあったが、フェルト氏からの許可がなしにはできないと、ウッドワードはワシントン・ポスト紙の編集幹部に主張し続けたという。
その結果、フェルト氏からアプローチを受けた月刊誌がスクープをものにし、本来、情報を持っていたポスト紙とウッドワードは後塵を拝することとなった。その後に続いたメディアの報道の洪水の中でウッドワードは本書の内容の多くを語ることとなり、これは本書の売り上げにマイナスに響いたようだ。
しかし、ジャーナリストとしての原則を守ったことでウッドワードの伝説は守られた。ディープ・スロートの動機がどこにあったにせよ、ウッドワードが傑出したジャーナリストであることを本書は証明している。
(在米ジャーナリスト)
略歴しいな・あゆこ 上智大学新聞学科修士課程、ミネソタ大学ジャーナリズム学科修士課程修了。研究テーマは国際コミュニケーション論と、主にインドネシア、東南アジアにおける言論の自由。現在はニューヨークに在住し、リサーチャーとして活動する。