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(2005年10月25日付)
問われる取材・報道倫理と編集首脳の責任 |
一部メディアが「ローブゲート」(ローブ大統領補佐官の名前からとった)と名づけたホワイトハウス高官による米中央情報局(CIA)秘密工作員の身元漏洩事件を捜査してきたフィッツジェラルド特別検察官がローブ補佐官およびリビー副大統領補佐官を訴追する公算が大きくなっている。大統領側近が起訴されれば、ウォーターゲート事件以来初めて。ブッシュ大統領は政権発足から最大の危機に直面する。
が、その一方で、これを報道する米メディアも「対岸の火事」などと言ってはいられない状況になってきた。大陪審で「憲法修正第1条」(情報源秘匿の原則)を盾に漏洩した政府高官の名前を明らかにすることを拒否、85日間収監された「ニューヨーク・タイムズ」のベテラン女性記者、ジュディス・ミラー氏(57)が、実は漏洩の「協力者」ではなかったのかという疑惑が深まっているからだ。
ビル・ケラー同紙編集主幹が21日、同社の記者たちに送った社外秘メモには、同記者がリビー補佐官とは「親密な関係」にあったことや政府高官の漏洩工作に利用されたことが記されている。かつて、ピュリツァー賞を受賞したこともあるミラー記者が政府高官の漏洩工作に関与ということになれば、タイムズ紙は米史上前例のないスキャンダルに見舞われることになる。
釈放後、「情報公開法」改正を審議する米上院司法委員会に参考人として呼ばれたミラー記者は、「情報源秘匿の原則はジャーナリズムにとっては血であり、肉です」と証言している。
確かに情報源を守ることによって、米ジャーナリズムはこれまで多くの政治スキャンダルを暴いてきた。まさにウォーターゲート事件の「ディープスロート」がそうだ。その意味では、ミラー記者は最後まで「報道の自由」を守った英雄だった。
ところが、同記者の主張に対し、米メディア界はどこかよそよそしい。彼女ほど毀誉褒貶の激しいジャーナリストも珍しい。一つには、同記者が2002年9月、「イラクは大量破壊兵器(WMD)を開発、保有している」と報道(後にニューヨーク・タイムズ紙は訂正記事を掲載)、その後もリベラルな同紙にはどこか不釣り合いな、ペンタゴンやネオコン(新保守派)寄りの特ダネ記事を書きまくってきた。
同記者に対するある種の先入観が世論の側にはあった。そして発覚した漏洩事件。なによりも世論が首をかしげざるをえなかったのは、今回の事件をめぐる同記者の存在だった。一行の記事も書かなかった記者がなぜ、これほど特別検察官から執拗に問い詰められたのかという点だった。
ザルツバーガー社主はじめ編集最高幹部は、終始一貫、同記者を支持し、10月16日付の紙面で同記者による経過説明記事と他の3人の記者による検証記事を掲載した。これはケラー編集主幹がミラー記者に対し「釈明記事を書かないのなら辞めてもらう」と強く迫ったためとされ、当初、同記者が執筆を拒んだため早版(25万部)の紙面には間に合わなかったともいう。
ケラー編集主幹自身、社外秘メモで「ジュディ(ミラー記者の愛称)がウィルソン追い落としを狙った政府高官たちによる『囁き工作(Whisper campaign)』にかかわり合いを持っていたとは、大陪審での証言が表に出るまでまったく知らなかった」と憤りをあらわにしている。
ウィルソンとは、米情報機関が入手した「イラクは核開発を進めるためにニジェールからのウランを購入しようとしている」との情報の真偽を確かめるため派遣されたジョセフ・ウィルソン元駐ガボン大使のことだ。同氏の、そうした事実はないとの報告を、ブッシュ政権高官らは握りつぶした。
元大使はニューヨーク・タイムズ紙上に、これに反論する論文を寄稿。ホワイトハウス高官らは激怒し、元大使に対するネガティブ・キャンペーンを思いついたようなのだ。そして元大使の信頼性にダメージを与える手段として夫人、バレイリー・プレイムさんがCIA秘密工作員であることをメディアに流していたというのが、これまで報道されてきた「真相」だ。
精査していくと、今回の漏洩事件には、横軸と縦軸が交差していることがよくわかる。縦軸とは、イラクのWMD開発・保有の是非をめぐるホワイトハウスと元大使の政策論争であり、横軸とは、漏洩犯人を捕まえようとする特別検察官と「情報源秘匿」を盾にそれを拒んだニューヨーク・タイムズ紙との法廷論争である。
その縦軸と横軸の接点にミラー記者がいるのだ。そうしたことから事件の発端となった保守系政治評論家、ロバート・ノバク氏による「プレイム秘密工作員説」も、実はミラー記者が囁いた政府高官情報に基づいて書かれた可能性すら取りざたされているのだ。
民主党系リベラル派の女性コラムニスト、アリアナ・ハフィントン氏は明快にこう言い切る。
(1)ミラー記者はイラクのWMD報道が「世紀の誤報」だったことを立証したウィルソン元大使に根を持ち、仕返しを考えていた(2)たまたま政府高官から聞いた「元大使夫人はCIA秘密工作員だ」との情報に基づく記事を書くことでダメージを与えようとしたが、ニューヨーク・タイムズ紙は取り上げないと考えた(3)そこで、その情報を他のメディア(ノバク記者ら)に流した――。
いずれにせよ、「ローブゲート」の全容が明らかになれば、米政治とメディアの中核にウォーターゲート並みのメガトン級の衝撃が走ることだけは間違いない状況になってきた。
(米パシフィック・リサーチ・インスティチュート所長)
略歴たかはま・たとう 1941年、東京都生まれ。米カリフォルニア大学(バークレイ校)卒。67年、読売新聞社入社。ワシントン特派員、政治部次長等を歴任。95、97年、母校のジャーナリズム大学院客員教授。99年から現職。著書に『日本の戦争責任とは何か』『捏造と盗作』、訳書に『マイティ・ハート』など。