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(2005年9月27日付)
緊急時対応計画の策定だけでは不十分 |
今年8月末から9月中旬にかけて、米国南部を襲った「カトリーナ」と「リタ」の二つの巨大ハリケーンは、多数の人命を奪った上、多大なるコストをもたらしている。
ニューオーリンズ市など複数の都市の機能が文字通り消滅してしまい、今後、それらの再建や保険金支払いなどのために甚大なコストが予想される。がんなどの深刻な病気を誘発する化学物質や石油などに町全体が汚染されてしまい、その浄化コストも莫大だ。場所によっては浄化作業に数十年かかる可能性すら指摘されている。
金融業界によるルイジアナ州の格付けは大幅に下落、同州発行債券の価値も大幅に下落し、同州が破産宣告せざるをえない可能性も指摘される。加えて石油や穀物輸出インフラ(施設)が壊滅的な被害を受け、石油や穀物などの価格高騰が生じており、その影響は米国経済のみならず世界全体に広がりつつある。
また、米国では今回の災害を契機に人種問題が再燃しており、政府の対応を巡って連邦・地方政府の各レベルで政権基盤を揺るがしかねない状況となっている。
このように今や自然災害は国家の基幹を揺るがしかねない規模の被害をもたらすようになっており、今や自然災害も国家安全保障上の重要課題として認識されなければならない時代に入った。
しかも深刻な大規模災害を引き起こす「異常気象」はもはや「常態」化しつつある。米国の気象専門家は、地球温暖化とあいまって今後も毎年ハリケーンの勢力が強まる可能性を指摘する。こうなると降雨量や波の高さなど、従来の自然災害対策の想定条件を見直して、対策を再構築する必要が出てくる。米国では、ウオーターフロント開発の妥当性の再検討を求める声が専門家から出ている。
戦時同様、自然災害への対応にあたっては二つの要素が極めて重要となる。強いリーダーシップと通信手段の確保だ。
「カトリーナ」の際、米政府の対応が致命的な問題をもたらした一因に、米連邦危機管理庁(FEMA)が米政府内で「格下げ」されたことが指摘されている。
かつてクリントン政権時代には、FEMAは大統領直属機関で、FEMA長官は閣僚メンバーとされていたが、ブッシュ政権になってからFEMAは国土安全保障省の一機関に組み込まれ、FEMA長官は閣僚ポストからはずされていた。そこで、今回の失敗を機に、FEMAを国土安全保障省から独立させて大統領直属機関に戻すべきとの意見が多い。
しかし、それが必ずしも問題解決につながるとは思われない。現在、FEMAが大統領直属でないといっても、FEMA長官と大統領との距離は国土安全保障省長官を経由するだけにすぎない。仮にFEMA長官が閣僚ポストに戻っても、つまるところ同長官に強いリーダーシップと然るべき資質がなければ問題解決には至らない。
緊急時対応の責任者には、実際に大規模自然災害を経験した人物を任命することが望ましい。そしてスタッフも出向者ではなく、自然災害の専門家から成るプロパー(専従)のスタッフが必要だ。
「カトリーナ」の米南部上陸の前に、米国家気象局の深刻な警告を受けて、FEMAは最高レベルの警戒態勢をとり、スタッフが緊急招集されていたが、彼らによれば「集まっても何となく誰も特別な行動をとろうとはしなかった」という。いわば、指導者に実際の緊急事態の深刻さを想像する能力に欠けていたがゆえの結末である。
また、「カトリーナ」への対応の失敗原因に大きく影響したのが通信手段の喪失だ。通信施設が大雨と洪水のために使用できなくなった時点で、政府内の情報通信チャンネルが完全に途絶えてしまった。現在、米国の一部地域では、WiFiという無線インターネットを利用した安価で自動修復機能を持った分散型の通信ネットワークの構築が試みられている。日本でも、大規模自然災害時でも確実に使用できる分散型の通信ネットワークを構築しておくことが緊要だ。
米国では、昨年12月に国家対応計画(National Response Plan)がすでに策定されていた。同計画では、緊急事態の初動72時間は市・州政府が対応し、その後、連邦政府が機動することとされている。しかし、今回のように地域全体のインフラが払拭されてしまい、市や州政府には対応能力がなくなってしまう事態が十分に想定、準備されていなかった。
実は2004年7月に、「リタ」同様、カテゴリー3の強力なハリケーンが米南部を想定した場合の危機対応シミュレーションを国土安全保障省は実施し、「カトリーナ」の場合とほぼ同じ問題点を見つけていた。しかし参加者は、「本当にこんなことが起きるわけない」と思い込んでしまい、結局、その結果は何ら政策に反映されることがなかった。
緊急時対応計画を作成した後、実際にそれがうまく運用されうるのか、中央政府、地方政府、民間などの関係者を巻き込んで様々な精緻なシミュレーションを通じてテストする必要がある。そして、そこで問題点が見つかれば、必ずそれらを是正しなければならない。
救急救命九州研修所の郡山一明教授が指摘する通り、緊急時対応計画やマニュアルを作成しても、その「読み方」がわかっていなければ結局、紙の上の空論に終わりかねない。様々な緊急事態について標準化された理解を関係機関が共有しておくことが重要なのである。
今回の米国が直面した様々な問題は、自然災害大国の日本にとって決して他人事ではない。これらの重要な教訓を日本の自然災害対策に確実に反映させる努力が求められよう。
(科学技術振興機構・社会技術研究開発センター研究員)
略歴ふるかわ・かつひさ 1966年、シンガポール生まれ。慶応大学経済学部卒。ハーバード大学ケネディ政治行政大学院(国際関係論、安全保障政策)修了。アメリカン・エンタープライズ政策研究所アジア研究部、外交問題評議会研究員、モントレー国際問題研究所主任研究員を歴任。第5回読売論壇新人賞優秀賞受賞。