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(2005年9月20日付)
力と技の優劣をせり合うのが主眼 |
グローバル化の流れのなかで日本人が忘れた精神や言葉、慣習などを、古代から現在に至るまでの日本文化と諸外国の例を引きながら縦横に活写――。万葉集研究の第一人者として知られる中西進・京都市立芸術大学学長が、JR新幹線の車内誌「WEDGE」に1999年から6年間にわたり連載したエッセー『日本人の忘れもの』が全3巻にまとめられ、ロングセラーとなっている。ここでは同書に収録されている「きそう」と題したエッセーをめぐって話を聞いた。(聞き手・野山智章論説委員)
――第1巻収録の「きそう」と題するエッセーに関連して、うかがいます。
<2000年9月の大相撲秋場所9日目に、旭鷲山が玉春日に20数発の張り手をくり出した。翌日の朝日新聞はこれを大きくとり上げ、「感情にまかせた殴りかかり、としか受け取れない」張り手で、「後味は悪い」と報じた。筆者も同意見で、ボクシングやレスリングなどと違い「必殺技をすべて禁じた、だからこそ力と技をきそい合うことができる競技が相撲である」とし、「日本が国技として誇る理由も、このフェアな戦い方にある」とつづる>
中西 掲載時にとても反響が大きかったことを覚えています。横綱の貴乃花からも「感動しました」というコメントが伝わってきました。
――日本社会における競い方の文化について洞察されていますね。
中西 ええ。「きそう」という日本語は、力をせり合うという意味で、勝負するということとは根本的に違う。とりわけ伝統国技としての相撲には、「きそう」という語義の典型があります。身を清めて晴れがましい土俵に上がり、行司に「はっけよい」(八卦がよい=天地や自然、人間界の現象を占ってみたところ、すべてがよい)と掛け声をかけられ、堂々と素手で戦う姿勢を見せ合う……といった特徴です。
――ところで、戦後60年の節目に行われた今回の衆議院総選挙では、選挙の競い方が大きな論争点になりました。このことをどう見ておられますか。
<「郵政民営化法案の是非を直接、国民に問いたい」として衆議院を解散した小泉首相は、法案に反対した自民党所属の前衆院議員を公認せず、対抗馬の積極擁立に踏み切った。これをマスコミは、非情な“刺客(人をつけねらって殺す人)戦術”と囃したてた>
中西 結局、小泉首相のやったことは、(総選挙の本来の意義である)国民が誰に日本を託するのかという大きな命題における、ディテール(部分)にすぎない。まず、これが前提です。そのうえで、今度のやり方について、日本の国民文化になじむか否かというのが、その構図だと思います。
――世論調査でも、選挙における競い方のスタイルが重点項目になりました。そして、例えば、8月20〜22日に日経リサーチが行った世論調査では、「対抗馬の擁立は行き過ぎだ」と回答した人が45%、「首相を支持する」との意見が40%と、評価の分かれるデータがでています。
中西 たしかに、競い方については、どんな手段を使ってもかまわないという考えもあると思います。他方、長く日本人に愛されてきた相撲の規範は、相手の生命を奪ったり、相手を打ち負かすところに眼目はない。徹底的に力をきそい合い、技を争うものです。その時その時の、力と技の優劣をきそうのが主眼なのです。
この相撲に象徴される「きそう」ことの本質を、日本人が忘れてしまってはならないと思います。
――エッセーで、相撲の力くらべは「古代ローマの奴隷の戦いのように殺し合ったりするものではない」と書かれています。一方、今回、対抗馬を送り込まれた側の政治家には「昔、ローマの皇帝が処刑人を猛獣と戦わせて、もてあそんだのを思い出す」と表現した人もいました。
中西 私もテレビで見聞きしましたが、対立候補が猛獣で、自分を囚人だと決めてかかる政治家の言説には、ずるさがあると思うのです。すごく良い政策を掲げていて、それを実行しようとするなら、あなたこそが猛獣ではないのですか、と言いたい。
自分を弱者だと位置づけることによって、日本人の「判官びいき」の情念に訴えようとするのは、ずるいやり方です。われこそが正義であると確信しているのなら、いかなる障害があろうと、それを押しのけてでも貫くのが本当です。それでこそ、選挙で「きそう」ことになるわけでしょう。
人は往々にして「きそう」ことの本旨を見失い、情念にすり替えてしまう。情念は大事ですよ。しかし、情念の中に溺れ、正しさが紛れてしまうならば、日本の一票を暗くしますね。
――その政治家は、衆院本会議の郵政法案採決で、反対を示す青票を高々と掲げるパフォーマンスをしました。ですから一転して弱者を強調する発言には違和感を覚えました。
中西 歌舞伎役者が大見えを切っているのではないですよ。自分が反対票を投じたことで生じたことではないですか。「判官びいき」を期待するのは矛盾しています。もっとフェアに「きそい」なさい、と言いたい。
――他方で、40%が「首相を支持する」との意見だったことは、情に流されず、論理の筋を通したことへの共感とも受け取れます。この数字をどう見ますか。
中西 エッセーにも書きましたが、相手と競争することの効果はいくつも挙げられるのです。植物の枝葉は、相手があることでよく育つ。歯科医によれば、親知らずでさえ、上の歯があるとよく伸びるそうです。競合してお互いに成長するのが自然界の法則です。政治も、競争することが大切です。それと、小泉首相は「変人」と呼ばれますが、なあなあ(“永田町の論理”)で済まさずに、正直ですよ、あの人は。それを意外に日本人は評価するのですね。
取材メモ気さくな口調で味わい深く
京都市立芸術大学の学長室でインタビュー。かつて本紙の対談「トーク21」(2001年5月27日付)で、万葉集は6割ぐらいが「詠み人知らず」(無名の人)の歌であり、「万葉集に向き合うということは、民衆と向き合うこと」と語っていた碩学に、エッセー『日本人の忘れもの』に即して、総選挙の争点となった「競い方のスタイル」という、もっとも世上の関心が注がれている事柄を率直にぶつけてみた。気さくな口調で、味わい深く答えていただいたことが忘れがたい。
略歴なかにし・すすむ 1929年、東京生まれ。東京大学大学院修了。国際日本文化研究センター教授、大阪女子大学長を経て、現職。文学博士。万葉集研究で日本学士院賞。読売文学賞、大佛次郎賞など受賞多数。2004年、文化功労者に。著書に『中西進万葉論集(全8冊)』(講談社)、『源氏物語と白楽天』(岩波書店)などがある。