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寄稿論文

黄土高原に植林する神戸華僑と日本人の連帯

(林同春・黄河の森緑化ネットワーク(KFG)代表に聞く)

(2005年9月13日付)


環境問題に国境はない

地球を愛する心をはぐくみたい


 「地球に緑を! 黄土高原に森林を!」――神戸市内の華僑と日本人が中心となって中国・黄河流域の黄土高原で植林に乗りだし、2003年12月には兵庫県から特定非営利活動法人(NPO)の認証を受けた「黄河の森緑化ネットワーク(KFG)」の取り組みが共感の輪を広げている。ここでは、KFG代表を務める神戸華僑総会名誉会長の林同春氏にインタビューした。

 (聞き手・野山智章論説委員)


砂漠化と土壌浸食に衝撃

 ――国境を越えた緑化運動ですが、きっかけは何だったのですか。

 現在は甘粛省蘭州市で活躍している元神戸大学留学生の呼びかけによるものです。「黄土高原の自然回復に日本からも協力して」との依頼に応じて、2001年10月、日本在住の華僑と日本人の計18人が、中国「西部大開発」視察団を結成し訪中しました。その折に甘粛省政府を表敬訪問し、緑化への協力要請を受けたのです。

 <黄河文明の発祥の地であるとされる黄土高原は、黄河中流部の流域に広がる高原で、青海、甘粛、寧夏回族自治区など5省2自治区にまたがり、広さは約64万平方キロ。秦の時代(紀元前221〜206年)は、豊かな樹林や草原が広がる肥沃な大地だったが、戦乱や過剰伐採などで荒れ果て砂漠化と土壌浸食が進んだ>

 視察団は、草木もない荒れ地が続く黄土高原に衝撃を受け、帰国後、華僑仲間らに緑化運動の参加を呼び掛け。2002年10月、まずボランティア団体として「黄河の森緑化ネットワーク」を発足させました。

 ――福建省などに移り住んだ華僑の多くが黄土高原にルーツがあるそうですね。福建出身の林代表にとっては「帰りなんいざ、田園将(まさ)に蕪(あ)れなんとす、胡(なん)ぞ帰らざる」と謳(うた)った詩人・陶淵明の心境ですか。

 そうなんです(笑い)。ただ、この活動は当初から「環境問題に国境はない」と賛同する日本人も多く加わり、在日華僑と日本の市民が手を結んだ日中共同の壮大なプロジェクトになっています。現在、井戸敏三・兵庫県知事はじめメンバーの6割が日本人、4割が華僑で、さらに会員を募集中です。

日中友好林に苗木13万本

 ――具体的な活動内容を教えてください。

 2002年に蘭州市人民政府と緑化協定に関する文書を交わし、2007年までの5カ年間に、市郊外57ヘクタールを「日中友好林」のフィールドと定め、自生種で乾燥に強いコノテガシワ、イタチハギなどの苗木約13万2000本を植える計画です。

 今夏を含めこれまで4回にわたり蘭州植樹ワーキングツアーを行い、前神戸市長の笹山俊幸さんや芹田健太郎・神戸大学名誉教授らを含む158人が訪中しました。今月17日からは第5回となる秋ツアーも予定されています。

 その他、広報誌「黄河の森」発刊や、顧問で高知大学農学部の徳岡正三教授による講演会の開催、地元・六甲山のクリーンアップや森づくり活動などを行っています。

 ――緑豊かな六甲山も1902年に植樹を開始する前は禿げ山だったとか。同様に息の長い活動になりそうですね。

 もとより、幾重の山々が連なる黄土高原一帯を緑化することは並大抵なことではありません。今後幾十年もかかる大事業です。

 大正生まれの私は、緑滴る遠く50年、100年後の成果を見ることはできませんが、近くの10年から20年後の成果を必ず元気で見る信念でおります。

 植林事業には、やる気、本気、根気とともに、自らも元気であることが何よりも大事と肝に銘じて、「愚公山を移す」の気概で、粘り強く取り組んでいきたい。荒れ地を緑にするため心を込めて苗木を植える仕事を通して、平和を愛し、人間を愛し、隣人を尊び、地球を愛する心をはぐくんでいきたいですね。

 【KFG問い合わせ先】

 〒650―0011 神戸市下山手通2ノ12ノ11 華僑会館 電話/ファクス078(392)8328<電話は午後1時から5時まで受付>


略歴

 りん・どうしゅん 1925年、中国福建省生まれ。神戸中華同文学校名誉理事長。孫中山記念会副理事長。日華実業協会副会長。2001年、60年間にわたって地域の経済発展や国際協力、華僑教育事業に貢献したことが称えられて外国人としては初めて「兵庫県民最高栄誉賞」を受賞した。著書に『橋渡る人――華僑波瀾万丈私史』がある。