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寄稿論文

被爆60年特別番組を見て

(慶応大学非常勤講師・原 麻里子)

(2005年8月23日付)


広島、長崎から“反核の叫び”

整理・再生される「記憶=歴史」の枠組み



高齢化した被爆者が証言

 今月、テレビは被爆60年特別報道を多く放送した。広島と長崎の被爆は日本国民が大戦の被害者であることの象徴である。日本では、被爆して亡くなった人々は「戦争反対」という人類の崇高な願いのための犠牲者である。そして、「唯一の被爆国である日本から、反核の声を上げていこう」というスローガンが掲げられる。

 日本では、この被害の衝撃が非常に大きく、また、特攻隊攻撃、玉砕、沖縄戦、民間人の犠牲などと相まって、日本人自身を当時の政府の被害者と見てしまい、アジアの人々が日本の侵略や植民地化によって受けた被害を視野に入れにくい傾向があった。今年、被爆体験はどのように記憶され、放送されたのであろうか。

 現在、被爆者の平均年齢は73歳以上。被爆者の高齢化に伴い、過去を証言できる人の数が減少してきているため、被爆者の記憶や証言を記録する作業が進められているようだ。テレビ映像は語り部の言葉のみならず、その表情、手や肩の動き、声の調子を映し出し、それが巧まずして、被爆体験を雄弁に物語る。

 「赤い背中」(NHK/8月9日)では、被爆者のもつメッセージを強く受けた。谷口稜曄さん(76歳)は、16歳の夏、郵便配達中に原爆の熱線を浴び、背中を激しく焼かれた。奇跡的に生き残ったものの、いまだに癒えることのない背中の痛みを抱えている。

 谷口さんは、被爆した肉体をさらけ出し、終わりのない原爆症との闘いを見せる。こうした苦痛に耐えながら、妻と人生を歩み、自らの体験を語り、平和を訴え続ける谷口さんの姿には、崇高な使命感を感じさせる。

原爆は戦争の恐怖の象徴

 気になったのは、谷口さんの「どこへ行っても苛められました」という言葉である。ほとんどの番組が、かつて、原爆症患者に向けられた恐れと偏見、差別、いじめ、排除、朝鮮半島出身被爆者の悲劇などには触れていなかった。

 「哀悼の共同体」を創造するには、共同体のメンバーが被爆者に対して暴力的抑圧的な態度を取った過去を明らかにするのはまずい。こうした偏見や苛めなどは、国民の記憶から払拭しなければいけない、との意図からか。

 被爆者がこの物語をあえて語らないのか、制作者が取り上げないのか分らないが、新聞などにはこうした体験は掲載されていた。私たちは、日本社会が被害者に対して心無い仕打ちをしたことも忘れてはいけない。

 被爆体験を包括的に扱った「“ヒロシマ”…あの時、原爆投下は止められた…いま、明らかになる悲劇の真実」(TBS/8月5日)では、被爆体験を語ることで、日本国民の被害者としての「集合的記憶」を創り出し、戦争の恐ろしさとして原爆を示し、核拡散による未来の恐怖を警告する。

 また、原爆投下に関与した原爆開発者・政治的決断者・敗戦決断の遅かった日本指導部などの一連の人間の責任について考える出発点にもしている。そして、衝撃的な証言と映像が視聴者に日本人の戦争責任問題を忘れさせてしまう。そのためか、キャスターの筑紫哲也氏は、日本人の加害者責任を忘れてはいけないとコメントしていた。

核拡散という国際的危機

 唯一の被爆国としては、核の恐怖が諸外国に伝わらないことがもどかしい。

 「リメンバー・パールハーバー(真珠湾攻撃を忘れるな)」と、憎悪も剥き出しに、原爆投下を正当化する米国の退役軍人をはじめとする人々。

 原爆の恐ろしさに触れ、学校で学んだものと全く異なると複雑な感情を抱いた青年たち。原爆の使用に反対する人たち。こうした反応には、相対的正義や歴史の歪曲削除といった問題は見えるが、強硬派の中にさえ、被爆者の語る言葉と映像によって、複雑な感情に揺さぶられる人もいるようだ。

 「伝えたし、されど…」(「特集 平和アーカイブス〜語り伝えるヒロシマ・ナガサキ〜」第3夜 NHK/8月10日)では、核保有国のインドとパキスタンの高校生に原爆の恐ろしさを知って貰うという企画で訪日したインドの女子高生が、帰国後、高校で原爆の恐ろしさを伝えようと試みるが、上手くいかない。そのとき、被爆者の一人が女子高生に、「一人でも原爆の恐ろしさが伝わればよい」と励ましたという話には感銘を受ける。

 私たちは、番組で伝えられる被爆者の言葉から、そこに含まれた怒り、自負、悼み、悲嘆を知り、現在の核拡散という国際的な危機に立ち向かう必要性を感じる。そして、被爆国民として、核の恐ろしさを伝えるのが使命であるというのが、日本人のアイデンティティーになっていく。

 多様なメディアによって整理・再生された「記憶=歴史」の枠組みから、私たちは自分の思想を作り、行動を起こしていく。従って、被爆番組は、敗戦60年の今年に限らず、息長く続けてほしいと思う。

 (慶応大学非常勤講師)

略歴

 はら・まりこ 慶応大学卒業後、テレビ朝日アナウンサー、BBCワールドサービスラジオ日本語部プロデューサーを経て、ケンブリッジ大学大学院修了。現在は、第2次世界大戦中の日英のニュース映画とナショナリズムの関係を研究。