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寄稿論文

エクサンプロヴァンス音楽祭から

日本人指揮者・大野和士氏に脚光

(音楽ジャーナリスト・三光 洋)

(2005年8月16日付)


新作オペラ「ジュリー」公演が絶賛





南フランスの古都で開催

 ヨーロッパの冬は長い。春の訪れは遅く、5月になっても太陽の射さない冷え冷えとした日が続くことも珍しくない。その一方で9月になると、夜明けは日に日に遅くなり、夕闇が駆け足でやってくる。それだけに、欧州の人々は、かけがえのない夏を心待ちにしている。

 ウィーン、パリ、ロンドン、ベルリンといった首都では、7月に入ると劇場やコンサートホールが次々に店じまいする。そして、欧州の一年を大きく区切る夏の長期休暇の季節を迎えることになる。

 第1次世界大戦後の1936年にスタートした有給休暇制度は現在では全欧に広がり、フランスでは現在年6週間の休みがある。週35時間労働法が施行されてからは、さらに休暇の幅が広がった。今ではクリスマス、復活祭、夏、秋の万聖節と年4回に分けて休みを取る人が増えた。それでも夏のバカンスは日常と一線を画した安らぎのシンボルとしての輝きを失っていない。

 大都市の喧騒を逃れた人々が貴重な夏を過ごす場所は海辺や山だけではない。音楽や演劇を落ち着いて楽しみたいと願う人々のために、欧州各地でフェスティバルが行われている。オーストリアのザルツブルク音楽祭、ドイツのバイロイト音楽祭が日本では、よく知られている。

 フランスでは南フランス、プロヴァンス地方の古都で開かれているエクサンプロヴァンス国際音楽祭が欧州有数の音楽祭として衆目を集めている。この音楽祭に、昨年に続いて招かれた日本人指揮者、大野和士の演奏を聞きに出かけた。

昨年「斑女」を世界初演

 パリから仏新幹線TGVに乗り、3時間でエクサンプロヴァンスに着く。どんよりとした曇天のパリからは一転して、木々の緑の色が明るい。この町で生まれたセザンヌの緑色だ。遠方には画家が好んで描いたサント・ヴィクトワールの山が姿を見せている。

 大野和士は2002年9月からベルギーの首都ブリュッセルにある王立モネ歌劇場の音楽監督を務めている。シュトラウスの「エレクトラ」を皮切りに、9月の日本引っ越し公演で上演されるモーツァルトの「ドン・ジョヴァンニ」やワグナーの「タンホイザー」を指揮し、楽団員、観客、音楽批評家の圧倒的な支持を得ている。

 エクサンプロヴァンス音楽祭でもすでに昨年7月に細川俊夫作曲、三島由紀夫原作のオペラ「斑女(はんじょ)」を世界初演している。今年は20世紀英国を代表する作曲家ベンジャミン・ブリテンの「ねじの回転」と69歳のベルギーの作曲家フィリップ・ボエスマンスの新作オペラ「ジュリー」の2作品を指揮した。

 7月8日の音楽祭の開幕日に上演された「ジュリー」の最終公演を見た。赤を基調とした瀟洒なジュー・ド・ポーム劇場が会場である。19世紀に建造され、町の中心部に位置している。

 オペラの舞台となるのは伯爵の館の台所。聖ジャン祭の夜である。ヒロインの伯爵令嬢ジュリーは社会の掟からの解放を望み、自由を求めるが、下僕のジャンに嵐の最中に誘惑される。翌朝、目を覚ましたジュリーはジャンとともに館から逃れようとするが、父の伯爵が帰館する。進退窮まったヒロインはジャンの勧めに従い、父のかみそりで自殺する。

「大成功」とフィガロ紙

 「北欧の劇作家ストリンドベルクが描いた男女は現実世界で満たされていない点で現代人にそのまま通じる」と大野和士は終演後のインタビューで語っていた。

 わずか1時間半の間に、嵐を頂点として一気に悲劇的な結末が訪れる。緻密な指揮により、観客には、作曲家が曲に描きこんだ登場人物の内面の揺れが肌で感じられた。

 「大成功」との見出しを掲げ、「大野和士の指揮の精密さは驚異的である」との評を載せたフランスの有力日刊紙「フィガロ」をはじめ、批評家から絶賛されたのは言うまでもない。最終日の観客たちも、立ち上がって長い間、熱い拍手を送っていた。

 大野和士はザグレブ歌劇場の音楽監督を振り出しに、ドイツのカールスルーエ歌劇場の音楽監督を経て、現職に就いている。今まで聴いたどのシンフォニーコンサートでもオペラ公演でも、全力を尽くし常に演奏家の持ち味を引き出すことに心を砕く姿勢が貫かれている。

 「日本への引っ越し公演の後は、モネ歌劇場でのオペラに加えて、ミラノ・スカラ座のオープニングコンサートでマーラーの交響曲第7番を指揮するほか、ニューヨークのメトロポリタンオペラへもデビューします」

 気鋭の指揮者の前に、世界の檜舞台の扉が一つ一つ開かれていこうとしている。

 (音楽ジャーナリスト)

略歴

 さんこう・ひろし 1961年、神戸生まれ。86年渡仏。パリ第8大学で音楽史を学ぶ(博士課程1年修了)。『世界週報』『グラモフォン・ジャパン』などに欧州の音楽・演劇について寄稿。著書に『フランス音楽の旅』(音楽之友社)がある。