

(1998年6月27日付)
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『週刊新潮』など本土マスコミの平和意識の風化と鈍感さこそ問題 |
沖縄の六月二十三日、この日県内は終日死者を悼(いた)む焼香につつまれる。住民をはじめ、日米将兵、さらに朝鮮半島出身者を含め約二十三万人余の人々が、地獄絵図さながらの阿鼻叫喚(あびきょうかん)の中、狭隘(きょうあい)な沖縄本島南部一帯にその骸(むくろ)をさらした。
為政者や軍部が強要したのは、「軍官民共生共死」であり、敵の死であった。互いが人間の死を求め、その骨を望んだのであった。
こうした戦場での凄惨(せいさん)な「肉体の浄化=死」に駆り立てたのが、マスコミと教育者であったことはつとに知られている。
中央から隔絶し、僻辺(へきへん)であるがゆえに本土防衛の盾(たて)となった沖縄の場合、マスコミは戦場動員の拡声器となり、教育がその連結管となり「決戦」が戦われたのである。その結果が、戦後五十三年が経過してもなお払拭(ふっしょく)できない悲しみとなって伝わっている。
ここから戦後沖縄ジャーナリズムを考察する際、戦場体験の継承は避けては通れない。熾烈(しれつ)な戦場体験と広大な米軍基地の存在が、沖縄ジャーナリストをして現実と向かい合わせるのである。
沖縄ジャーナリズムの論調に異議が出されたのは、一九九七年四月、駐留軍用地特別措置法(特措法)改正をめぐる衆院安保土地使用特別委員会での参考人意見聴取においてであった。
同月七日、特別委員会に参考人として出席した田久保忠衛・杏林大教授が「琉球新報、沖縄タイムスは一坪地主の発言だけを載(の)せ、沖縄の声はそれだけに代表されているかのようだ」と二紙を批判した。さらに新聞社幹部に一坪地主がいることをとらえ、「はっきり言って普通の新聞ではない。偏向と言われても仕方ない」と続けている。また新進党の一議員は「沖縄の心は、二紙にマインドコントロールされている」とまで言い放っている。
これに対して、当の琉球新報は、参考人の意見や批判は、表現の自由の一つで憲法でも保障されているとしながらも、「しかし、それは事実を踏まえたものである必要があろうし、誹謗(ひぼう)・中傷が目的であってはならない」と諫(いさ)めている(四月十二日)。
二つめの沖縄批判は、産経新聞による地元報道批判と、大田沖縄県知事の政治姿勢をめぐる筆誅(ひっちゅう)とも思える政治批判であった。
同紙は、一貫して法改正を支持する論説を展開しているが、一連の特措法改正論議のなか、九七年四月十二日の一面に十段ぶち抜きの「報道姿勢問われる地元紙」「『特措法』改正反対論が突出」という見出し記事を掲載した。
その中で、「社会面や総合面で、反戦地主・平和団体による反対運動や県内識者の反対談話をほぼ連日大きく取り上げる」一方、賛成の意見はほとんど取り上げず、「全体のトーンは、紙面を挙げて改正反対という印象はぬぐえない」と県内二紙を批判している。
これに対して、沖縄タイムスの論説委員は、署名入りコラムで、同紙に反論している。
その中で「反対論が突出」との意見は県内で存在するが、「その上で言うのだが、産経新聞は筆者の目から見れば『賛成論が突出』している。……産経さんには『沖縄にだけ苦しみやデメリットを与えて、本土はのうのうとしている』(小沢一郎新進党党首)という本土の指摘にこたえる紙面作りを期待する」(四月十五日)と痛烈な批判を行っている。
これら沖縄批判には、戦後日本ジャーナリズム界が求めた「中立性・客観性」が現地では逸脱しているとする点がある。
同じことが本年四月二日号の『週刊新潮』に掲載された櫻井よしこ氏の「『沖縄問題』で地元紙報道への大疑問」についてもあてはまる。氏は「人々が本音を語らない、語れない沖縄社会を形成してきた責任の一端はマスコミにある。(基地の)全体像を伝えなければ、それは偏向報道だ」と酷評している。
同氏の文章を読むと、地元新聞が基地賛成者の意見を掲載しないことは「偏向」ということになるが、それは尊大なおごりであり、地元メディアへの冒涜(ぼうとく)でもある。一部本土メディアに見られるように、平和意識の風化や無知をないがしろにしたまま、高みの見物よろしく、現実の沖縄の痛みに配慮できぬ言論が、果たして健全といえるだろうか。
「沖縄の心」とか「沖縄の痛み」とかいう言葉は、沖縄の声と不離一体である。心と声は、人間の鼓動にも似た自然の発露であり、やむにやまれぬ内面の葛藤が、やがて声となり、人々の心を打ち、時としてそれが「沖縄の痛み」として表出するものである。
沖縄の声の制止は、戦後日本社会が培ってきた平和のアイデンティティ(自己同一性)を喪失させることにもなろう。
略歴 ほさか・ひろし 1949年北海道生まれ。76年、東洋大学大学院修了(社会学、ジャーナリズム専攻)。主な著書に『叢論 日本天皇制』(柘植書房、88年、共著)、『戦争動員とジャーナリズム』(ひるぎ社、93年)、『戦後沖縄とアメリカ』(沖縄タイムス社、95年、共著)など。