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(2005年7月26日付)
世代を超えた長期戦の覚悟が必要 |
「7月7日のロンドン爆破テロの際、4人の実行犯は全員、地下鉄を狙っていたにちがいない。しかしハシブ・フセインだけ地下鉄に乗り遅れてしまい、他のメンバーが先に地下鉄で爆死してしまった。フセインは何度か地下鉄に乗ろうと試みたが、乗客が地下鉄から地上に一斉に避難してきたため、ついに乗り損ねてしまった。彼はかなりイライラした様子で仕方なくバスに乗車した。バスの2階で彼は大きなバックパックの中に手を入れてはまた出すという不審な動作を何度か繰り返しており、明らかにそこで自爆すべきかどうか迷っていたようだ。最後にバックパックの中に手を入れた後、彼は人間のものとは思えないような大きな奇声を発している。その直後、爆発が起きた」
――監視カメラ映像や乗客などの証言を元に、ロンドン市警のテロ対策担当責任者が再現した7日のロンドンバス自爆テロ犯の最期の瞬間である。
フセインをはじめとする4人は、一般的な家庭で生まれ育ったイスラム系イギリス人である。いずれも普通または比較的高いレベルの教育を受けており、「普通の若者」として見られていたという(21日にもロンドンで同時爆破テロ事件が発生したが、こちらは本稿執筆時点では犯人像の詳細は不明)。
意外な人物が大規模テロ事件を引き起こすのは、オウム真理教の優秀な若者がテロ事件を起こしたケースと似ている。いずれの場合でも、実行犯は全員、日常生活において何らかの憤りを抱いていたようだ。不満を抱く若者と過激な宗教的信念そして科学技術知識はいずれもテロリズムの重要な構成要素である。かつて村上春樹氏がオウム事件の際に指摘した通り、われわれの頭の中で正気と狂気を隔てる「壁」は、私たちが思っているよりもずっと薄いのかもしれない。
もとより、2003年ごろからイスラム過激派によるテロ活動のターゲットは、イラクや欧州方面へシフトしていた。
欧州におけるイスラム系人口は4〜5%に達しており、フランス、ドイツ、デンマーク、スウェーデン、英国、イタリアの順で多い。しかし、1980年代以降、欧州での移民排斥運動の高まりに象徴されたように、イスラム系移民は欧州の社会にうまく融合されなかった。
今日の欧州におけるイスラム過激派の台頭の背景には、欧州諸国におけるイスラム系移民の社会的融合政策の失敗が指摘される。
イスラム系移民の第2、第3世代は、第1世代と比べて教育水準が高く、自分たちの親の世代と同様に少数派としての社会的地位に甘んじて生きることを拒否する傾向が強いといわれる。ここに過激派が生まれる温床がある。
今や欧州は、イラク国内で活動するテロ・グループにとってテロ攻撃のロジスティックス拠点になったといわれる。兵器や物資の調達、さらには戦闘要員のリクルーティングまで行われている。このようなリクルーティング活動は他にもシリア、ヨルダン、エジプトで行われているようだが、それが今や湾岸諸国(サウジ、クウェート、イエメン)、東南アジア(インドネシア、マレーシア)にまで拡大したとも考えられている。
今日の「アルカイーダ」は2001年9月11日時点の「アルカイーダ」とは性質が異なる。かつては緩やかなテロ・ネットワークだったが、それがいまやグローバル・ジハーディスト・ムーブメント(世界規模の“聖戦運動”)にまで発展してしまった。
かつてのオサマ・ビンラディンを中心とする指揮命令系統はもはや存在しないか、存在していても、あまり重要な役割は果たしていないとの見方が一般的だ。ドミニク・ドビルパン前仏内相(現首相)は、「アルカイーダはフランチャイズのようになり、多数の小規模グループから構成されるようになった」と指摘する。
近年のテロ活動には「地方化」の傾向があり、現在のグローバル・ジハーディスト・ムーブメントでは、これまでにアルカイーダの支援を受けたことのないイスラム原理主義者が主体となる事例が多い。
実際、欧州諸国におけるイスラム原理主義派には、欧州で洗練された教育を受け、アルカイーダの支援を受けたことのない人々が多い。今回のロンドン・テロ実行犯も同様だ。
現在、イスラム原理主義の主な戦場はイラクである。しかし将来、仮にイラク国内が安定化してテロ活動が低減しても、今度は逆に、過激派がそこから欧米諸国や東南アジア地域に分散していく可能性が懸念される。これらのジハーディストはすでに実戦を通じて市街戦を経験しており、情報システムやネットワーク型組織マネジメントなど、様々な分野で豊富な経験を持つ。
イラクが安定しなければ多国籍軍のイラク駐留が長引き、テロに攻撃のインセンティブ(動機)をいつまでも与え続けてしまう。他方、イラク国内が安定すれば、今度は主要先進諸国内におけるテロ攻撃の危険性はより大きくなる可能性がある。いずれにせよ、イスラム原理主義テロとの戦いは、今後10〜20年間は続くという想定にたって戦略を立案する必要があろう。まさに世代を超えた長期戦という覚悟が求められよう。
(外交安全保障問題専門家)
略歴ふるかわ・かつひさ 1966年、シンガポール生まれ。慶応大学経済学部卒。ハーバード大学ケネディ政治行政大学院(国際関係論、安全保障政策)修了。アメリカン・エンタープライズ政策研究所アジア研究部、外交問題評議会研究員、モントレー国際問題研究所主任研究員を歴任。第5回読売論壇新人賞優秀賞受賞。