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寄稿論文

情報源の秘匿とジャーナリズム

(在米ジャーナリスト・椎名 亜由子)

(2005年7月12日付)


米最高裁、2記者に有罪判決

“スパイ漏洩”に絡み法廷侮辱罪


NYタイムズの記者は収監

 7月6日、ニューヨーク・タイムズ紙のジュディス・ミラー記者が法廷侮辱罪で収監された。情報源の秘匿を根拠に大陪審における証言を拒否したためで、証言を拒否し続ければ大陪審の終了する10月末まで収監される。

 同罪に問われていたタイム誌のマシュー・クーパー記者は取材源からの了解を得て証言を行うことを同日に発表、収監を免れることとなった。

 両記者の勤務するメディアの対応も割れた。

 6月末に最高裁が両記者の上告を棄却した時点でタイム誌は「憲法は報道の自由を保護すると同時に、法廷の最終決定を尊重することも義務付けている」として、クーパー記者の取材メモを提出した。

 NYタイムズ紙のアーサー・ザルツバーガー社主はこの決定を批判、同紙は情報源開示の要請には応じないことを言明した。過去に起こった報道の自由をめぐる裁判では例外なく共同戦線を張ってきたメディア内で意見が割れ、情報源秘匿の原理がゆらいだことは、米国が誇ってきた報道の自由に暗い影を落とした。

 事件の経緯を簡単に振り返ってみたい。

 一昨年夏に元駐ガボン米大使であり、イラクのウラン購入真偽の調査に派遣されたジョセフ・ウィルソン氏が、イラクの脅威が誇張して伝えられているとの意見を発表すると、その直後、コラムニストのロバート・ノバク氏は政府高官筋の情報として、ウィルソン氏の妻がCIAの秘密工作員であることを報じた。国家機密である工作員の身元漏洩は重大な罪であり、司法省は調査に乗り出した。

背景に国民のメディア不信

 報道の自由をめぐるメディアと政府の衝突が最高裁まで持ち込まれたのは、1971年のペンタゴンペーパー以来と思われる。

 米国のベトナム戦争介入の歴史を検証した衝撃的な報告文書をNYタイムズ紙が極秘に入手、連載を開始し、当時のニクソン政権が報道差し止めを申し立てたケースである。最高裁まで争った結果、プレス側が勝訴した。

 この1年後のウォーターゲート報道といい、報道の自由と国民の知る権利はメディアが政府に敢然と立ち向かってこそ得られるものであることを示した画期的な出来事であった。

 しかし、こうした70年代初頭の状況とは打って変わって、近年、修正第1条の下に守られていると考えられてきた取材源の秘匿が法廷で認められないケースが相次いでいる。ペンタゴンペーパーの時代から今回のCIA工作員漏洩事件にいたるまで、変わったものはなんなのか。

 まず一つには、匿名情報源に頼った記事をめぐる数々の問題点の浮上が挙げられる。暴動を招き死者まで出したニューズウィーク誌のコーラン冒涜に関する誤報が記憶に新しいが、今回のケースのように匿名情報源が作為を持って記者に情報を漏らしメディアを利用するケースは近年ことに増加している。

 特にイラク戦争開戦に先立ち、イラク戦争支持派が不正確な情報を意図的にメディア側に流した例がいくつも明らかになってきており、国民のメディアに対する不信感を招く結果となっている。

 もう一点は、司法のあり様の変化だ。テロ警戒を口実に、いかなる政府批判も非愛国的であるとしめつけられる傾向が強まっている。こと国防にかかわる問題となると報道の自由が以前より軽視される傾向にあることは否めない。

今後の報道界に大きな影響

 今回の筆禍事件には、そもそも奇妙なねじれがいくつか存在する。まず、通常、情報源秘匿をめぐる争いでメディアと対立するのは隠したい事実がある政権側であるのに、今回メディアと対立しているのは検察側である。

 さらに奇妙なことに、同じく情報を受け、第一報を流して工作員の身元を周知にさらすという重大な決断を下したノバク氏は検察の追及を受けていないという不可解な成り行きである。

 他方、収監されたミラー記者はといえば、本件について記事にすらしていない。

 また、通常、ジャーナリストが秘匿義務を用いて守ろうとするのは、政権の悪事をあばくために内部告発を行う情報源である。

 それが今回は内部告発者であるウィルソン氏を失墜させようという悪意を持って工作員の身元を明かしたホワイトハウス高官の正体をめぐる攻防戦となっている。

 その結果、シカゴ・トリビューン紙の論説委員であるスティーブ・チャップマン氏やLAタイムズ紙のように、本件で情報源の秘匿を主張することは重罪人が司法の裁きを受けるのを妨げると、ミラー記者とNYタイムズ紙の決定に反対を唱える記者もでてきている。

 しかし、ジャーナリストは情報源の動機いかんによってどの情報源を秘匿し秘匿しないかを決めることはできず、匿名とすることを条件に情報をもたらした情報源を一様に守る義務があると言う考え方がジャーナリズムの原則だ。今回の司法による決定が今後の米国における報道に大きな影響を及ぼすことは必至である。

 (在米ジャーナリスト)


略歴

 しいな・あゆこ 上智大学新聞学科修士課程、ミネソタ大学ジャーナリズム学科修士課程修了。研究テーマは国際コミュニケーション論と、主にインドネシア、東南アジアにおける言論の自由。現在はニューヨークに在住し、リサーチャーとして活動する。