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寄稿論文

「難民の勇気」と明日への希望

(落合克志記者)

(2005年7月5日付)


アンゴラとザンビアの現状伝える写真展

今、世界的な関心の高まり


撮影した沼田早苗さんが講演

 6月20日は「世界難民の日」――。かつて「アフリカ難民の日」であったこの日が、2000年12月の国連総会で「世界難民の日」と定められ、以来、難民保護への世界的な関心を高める日となった。日本でもこうした意義を込めて、毎年さまざまな催しが行われている。

 今年の「世界難民の日」のテーマは「難民であることの勇気」。国連難民高等弁務官(UNHCR)駐日地域事務所は、東京・渋谷区のUNハウスで写真展「アンゴラ難民とザンビアの人々」を開催。6月23日には展示写真を撮影した写真家・沼田早苗さんのトークショーも行われ、撮影のエピソードとともに、ザンビアにおける難民の現状などが紹介された。

 アフリカの貧困問題については、その撲滅を訴える大規模コンサート「ライブ8」が世界各地で行われ、サミットでも主要議題に予定されるなど、今、注目が集まっている。しかし日本では、難民問題も含め、その実態が十分に伝わっているとは言い難い。

 ザンビアには、ピーク時で実に20万人ものアンゴラ難民が生活していた。四半世紀を超すアンゴラ内戦の終結を受けて、UNHCRの支援により、祖国へ帰る人々も。その希望に輝く笑顔の写真が印象的だ。

 6歳の時にアンゴラから逃れてきたイサウさんの難民生活は30年以上に及ぶ。子どもたちは、ザンビアで生まれ育った。しかし、内戦が収まった今、彼は家族とアンゴラへ帰ることを決意する。

 国情はまだ不安定で、仕事があるかどうかもわからない。それでも「国を立て直し、生活を立て直すまで、どんな仕事をしてでも頑張ります」「不安はあります。でも帰りたいんです」と、故郷へ思いをはせるイサウさん。ザンビアでの生活を捨て、母なる国の再建に挑むその姿に、沼田さんは「『難民としての勇気』を感じた」という。

「共存共栄のパートナー」へ

 ザンビアにとどまる難民にとっては、地元社会にどう溶け込んでいくかが大きな課題の一つだ。ギャラリーには、ザンビアの住民とアンゴラ難民が協力して、建設作業にいそしむ写真が展示されている。これは「ザンビア・イニシアティブ」と呼ばれる計画の一環だ。

 ザンビアは、アフリカでも最も貧しい国の一つとされる。長年、多くの難民を受け入れてきたため、難民への援助活動は活発に行われてきたが、ザンビア自体の開発は遅れ、ザンビア国民の方が難民よりも貧しいという“逆転現象”すら起きている。

 一方、アンゴラ人は建設分野やレンガづくりなどにおいて、ザンビア人より高度な技術と知識をもつ。そこで、こうした難民の力を生かしながら、難民が暮らす地元社会全体のインフラ整備や食料不足の解消など、貧困の原因となる問題を改善しようという政府主導の開発プロジェクトが進行中だ。

 もちろん、「ザンビア・イニシアティブ」のような計画が、どこでも可能だとは限らない。だが、ともすれば「厄介者」扱いされがちな難民を「共存共栄のパートナー」「社会の発展の力」として生かしていく発想は、今後の難民対策を大きく変える可能性を秘めており、注目に値する。

 現在、世界には1900万人以上の難民・避難民がおり、日本にも戦火や迫害を逃れて“難民”がやってくる。その人たちが、どんな思いで祖国を離れ、故郷を恋い慕いながら、日々たくましく生きているか。今回の写真展には、そうした難民の「思い」が詰まっている。

 「難民だって、苦しい中でも楽しんだり、ほっとする部分もある。そういう人の生活を知り、自分たちの恵まれた環境を知ってもらいたい」と語る沼田さん。

 多くの危険や不安を乗り越えて、何があっても明日への希望を失わない難民たち。その不屈の「勇気」に心から敬意を表するとともに、それを私たち日本人がどう受け止め、どう応えていくべきか――一枚一枚の写真が、そのことを問い掛けているように思えてならない。(落合克志記者)