

(1998年1月24日付)
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市民の高い人権感覚がメディア支える |
森と湖の国・スウェーデン。長い夏は白夜が続き、長い冬はどんよりとした暗い日が続く。日本の国土面積約一・二倍の地に八百九十万人が暮らし、そのうちのおよそ二割が他の国からの移民である。
スウェーデンは世界で初めて情報公開を含んだ出版自由法を憲法として制定し(一七六六年)、オンブズマン(代理人)制度を生み出したことで知られている。スウェーデン社会を支えているのはこの出版自由法であるといっても言い過ぎではない。そこには徹底した情報公開が保障されており、公的な情報は誰(だれ)でも知ることができるようになっている。民主主義社会の基本である言論・表現の自由が誰にでも保障されている。
それゆえ、報道に携わるものには責任ある報道と人権に配慮した報道が求められる。仮に報道による人権侵害が起こっても、プレス(報道)・オンブズマンや報道評議会などによる人権救済制度が形成されているのもスウェーデン社会の特徴となっている。ちなみに九七年に報道倫理が問われたケースは、ほんのわずかしかなかった。
もちろん市民の高い人権感覚がスウェーデンのメディアを支えていることはいうまでもない。それが政策的に教育(学習)、文化、福祉政策に力を入れてきた成果としてみるならば非常に興味深いことである。
スウェーデンのメディアと日本のメディアが大きく異なっているのは制度的、文化的な背景のほかに、メディアの規模やメディアの置かれている環境もある。
新聞でみれば日本の全国紙の発行部数は数百万部であるのに対し、スウェーデンでは多くても四十〜五十万部である。書店で扱われているのは書籍であって雑誌や週刊誌はない。雑誌、週刊誌は新聞などとともにキオスク、タバコ屋、スーパーなどに置かれている。日本の電車内によく見かける週刊誌、雑誌の吊(つ)り広告はなく、新聞でも週刊誌などの広告を目にすることはない。それはある意味で「過剰な情報」から距離を保つにはちょうどよい情報環境を作っているのかもしれない。
昨年の夏、ダイアナさんの事故死をめぐる報道でパパラッチのことがスウェーデンでも取り上げられた。スウェーデンにも王室があり次の国王に決まっているプリンセス、ビクトリア王女(スウェーデンでは男女に関係なく第一子が後嗣〈こうし〉となる)が関心の的になっている。そのビクトリア王女に対してスウェーデンでもパパラッチのような問題が起きないか、というものであった。
ジャーナリスト、識者たちは、ビクトリア王女はダイアナほど世界からの注目度があるわけではないのでその心配はないだろうという興味深い(?)コメントをしていた。しかしビクトリア王女の動静は主に夕刊紙でほぼ毎日のように報道されているが、それにしてもスウェーデンの王室はオープンである。
先日も公共放送のテレビ番組でコートを着たスウェーデン国王がポケットに手を入れながら(もちろん寒いからであるが)インタビュアーと二人並んでストックホルムの街、ガムラ・スタンを話しながら歩き、国王自身がアンティーク店の扉を開けて入っていくシーンが放送されていた。私などはそれを見ただけで驚いてしまうほど「気さくな」国王であった。
スウェーデンではダイアナさんの事故報道はテレビニュースの時間内で行われただけで、ダイアナの葬式を特別番組として中継したのは商業放送局だけであった。
また、夕刊紙も事故をめぐる情報をしばらくはフォローしていたが、スウェーデンには日本でみられるような芸能人や事件事故を追いかけるワイドショーはなく、そうした週刊誌も全くといっていいほどないため、全体として冷静な報道に終始していた。通常の番組の途中でニュースが入ったり、特別番組が放送されることもめったにない。
情報は誰にでもオープンにされているにもかかわらず、社会全体にかかわる問題以外はプライベートなこととしてそれを取り上げることも憚(はばか)られるような社会である。それゆえ企業の道義性、モラルを問うドキュメンタリー番組が放送されることもある。
スウェーデンではもっとも庶民的な価格で販売されている家具店のIKEAと衣料品店のH&Mが、東南アジアで子どもを労働力に使っているという児童労働の実態を取材した番組が放送された。
私が驚いたのは、企業のモラルを問う番組を企業名を出して放送していたということ、さらにその後に続いて放送されたニュース番組にそれぞれの広報担当者あるいは責任者が出てきてコメント(反論)を紹介していたこと、そして放送された内容を翌日以降の新聞でも取り上げ、その問題をさらに掘り下げていく姿勢がみられたことだ。日本では「事件」にならない限り取り上げられることのない企業のモラルや道義性がここではオープンに議論される。スウェーデンではこれこそがある意味で「事件」なのである。
社会全体(公共)にかかわるものには厳しい眼を向けているのがスウェーデンの報道メディアの特性といってしまえばそれまでだが、権力を監視するといったジャーナリズムの基本を日本の報道メディアはどれだけ誠実にかつ忠実に実践しているのだろうか。
(立命館大学教授)
略歴 やなぎさわ・しんじ 1960年長野県生まれ。創価大学大学院、(財)電気通信政策総合研究所研究員を経て、93年から現職。現在、ストックホルム大学ジャーナリズム・メディア・コミュニケーション学部の客員研究員としてストックホルムに滞在し、スウェーデンのメディア環境とジャーナリズムについて研究中。共著書に『世界のメディア法』(嵯峨野書院)、『情報化と地域社会』(福村出版)など。