![]()
(2004年2月17日付)
人口はおよそ3000万人と推定されているが、国家をもたないのがクルド人である。彼らはトルコ、イラン、イラク、シリアなどに暮らしているが、生活に歌と踊りが欠かせない。クルド映画『わが故郷の歌』を撮ったバフマン・ゴバディ監督と、クルド人居住地を訪ねて撮影を続けるフォトグラファーの松浦範子さんに、この作品をめぐって語り合ってもらった。
あらすじ<クルド人なら知らぬ者はいない大歌手ミルザのもとに、かつての妻ハナレが救いを求めているという知らせが届く。ミルザは同じミュージシャンの二人の息子(バラートとアウダ)を無理やり引き連れ、平穏なイランからハナレの暮らす戦乱のイラクへと旅立った。不気味な爆音が響くなか、3人は行く先々でクルドの音楽を奏でていく……>
松浦 8年前からクルディスタン(クルド人の住む地)を訪ね、たくさんの方々にお会いしました。楽しい思い出がいっぱいです。どの地にも音楽があふれていて、そこには笑いがあり、踊りがあります。クルディスタンの風景写真を見ると音楽が聞こえてくるし、音楽を聴けばまた風景が思い浮かびます。私が見たノウルーズ(春分を迎えて行われる新年の祭り)でも、踊っている若者たちに喜びと誇りがあふれていました。
『わが故郷の歌』では、ミルザが子どもたちに音楽を教えるシーンが出てきますね。
ゴバディ 音楽家のなかには、村から村へと歩き、子どもたちに音楽を教えている人がいます。クルド人にとって音楽は、生きるうえで欠かせない、とても大切なものなのです。
この作品の主人公、音楽家のミルザは、実話から創った人物です。
オスマン・ケムネイという有名な音楽家です。彼は素晴らしい声の持ち主で、歌を歌いながら旅をしました。クルドの生活を歌い上げ、とても人気がありました。一つの村から次の村に向かうと、みんな家からテープレコーダーを持ってきて彼を待っている。彼が村にたどり着くと、絨毯を敷いて座らせ、たくさんのテープレコーダーを置いて、彼の歌を録音する。即興ですから歌は毎回違うのですが、村人は、彼が次に来るまで、テープレコーダーの歌に耳を傾けました。
松浦 よく分かります。みんな、本当に歌が好きですね。
ゴバディ 彼は、村人からニワトリや卵、パンをもらいながら生活をしていたのですが、歌い過ぎて声が出なくなってしまう。けれども、村人は彼がもう歌えないとは信じられなくて、テープレコーダーを持って集まってくる。そこで彼は、昔の自分の声をテープに入れて旅をした――そういう話を聞いて、ミルザの物語を創ったのです。
クルド人は音楽が大好きなんです。とても身近なものと感じている。彼らにとって満腹になるとは、音楽でお腹を満たすということ。音楽は、食事をすることより大切、と言われるほどです。
松浦 私も、ロバに日用雑貨を積み、小さな子どもを連れて行商に歩く老人と知り合いになりました。
彼は、ダフ(大きなタンバリンのような民族楽器)で演奏しながら歌を歌っていました。彼の声で村人たちが集まってきて、暮らしに必要な糸とかお菓子を買っていく。
その老人は、イラン・イラク戦争のときに息子が毒ガスで殺されてしまったという悲しい歌を歌いながら回っている人でした。
ゴバディ 歌を歌いながら行商している人はたくさんいると思います。
松浦 今回、この映画を見て、クルドの人たちに歌が欠かせないものであることを改めて教えられました。みんなどこでも楽しく歌い、踊りますね。「ジェット機の音も音楽」――そういう受け止め方もしている、それがよく分かりました。
ゴバディ 以前、戦争があったときは、朝はジェット機の騒音で起こされ、寝るときもまた騒音の中で眠るような生活でした。普通の生活のなかに、ジェット機の音もあったのです。
暮らしそのものに、音楽のリズムが入っている。たとえば布地を織るときも、リズムとして音を奏でている。それらがすべて、音楽になっているのです。
松浦 私が、クルディスタンでよくお世話になる家庭のお父さんは、とても歌が上手です。息子さんはダフが巧みで、その一家にはサズ(弦楽器)や、いろいろな楽器があり、友達がたくさん集まってきては、よく歌っているのです。
ゴバディ クルド人にとって音楽は、生活の細部にまで染みこんでいる。クルド人は音楽とともに暮らしているのです。
松浦 作品のもう一つのテーマに、女性の人生があると思うのですが。結婚にまつわる騒動があったり、難民キャンプでは聡明な女性が、ミルザの息子アウダが7人の妻を持っていることを批判しますね。
ゴバディ クルド人の社会では、女性はほとんど家庭にいて、外で仕事をすることを許されていません。女性たちは大変な苦労をして、男性を支えている。しかし、感謝する男性はほとんどいない。僕は、女性を母親のように聖なる存在と思っているので、その尊敬の気持ちが映画の中に出ているのかもしれません。
松浦 共感します。
ゴバディ ミルザが探し出そうとしている元の妻の名前ハナレとは、「ザクロ」のこと。もしクルディスタンを果物に例えると、ザクロになるでしょう。
ザクロは四つに分けて食べるのですが、実がくっついて離れない。これはクルド人たちがいつも一緒にいるということ。もう一つは、ザクロの色は真っ赤ですから、いつも歴史のなかで血を流してきた民族ということを表しています。その意味で、ハナレ(ザクロ)はクルディスタンの象徴になるのです。
だからハナレを探しにいくとは、「クルディスタンを探しに行く」ということなんです。
松浦 「ハナレ」という名前自体に、この作品の意味を込めたわけですね。
ゴバディ その通りです。
松浦 この作品では、クルドの民に降りかかる悲惨な事件もしっかり織り込まれていますが、血を流して死んでいる人の姿をそのまま映像化してはいません。たとえば布に包み、足の先だけちょっと見せる。毒ガスの被害に遭ったハナレも、顔を覆っていて目だけを写している。
ゴバディさんの、死者に対する深い哀悼を感じます。悲惨な出来事や戦争が「本当に酷いこと」だということがよく伝わってきます。
ゴバディ ありがとうございます。
松浦 最後のシーンはとても印象的でした。
ミルザがハナレの子を背負って雪原を進み、山を越そうとします。その姿は、気高く美しい。と同時に、深い決意のようなものが伝わってきました。
ゴバディ よく理解していただいてうれしい。
映画のラストシーンでは、「すべて解決」とか「これから明るい未来が待っている」とか、そういう終わり方はしたくなかったのです。
私たちは、まだまだクルド民族の心配をしないといけない。寒さの中、ミルザと、彼に背負われた少女も、いつ倒れてしまうか分からない。だれかが発砲してくるかもしれない。そのような過酷な日々を、これからも歩まなければなりません。ですから、見る側も、彼らの行く末を心に案じながら、映画館を後にしてほしいのです。
松浦 同感です。悲惨な事件が世界で相次ぎ、片や安易な解決法がもてあそばれるなかで、この映画の余韻は、心に深く響いてきます。
略歴Bahman Ghobadi 1968年、イランの町バネーに生まれる。88年からラジオ局で働きながら短編映画の製作に励む。『霧の中の人生』(99年)はクレルモン・フェラン映画祭で審査員特別賞を受賞。前作『酔っぱらった馬の時間』(2000年)はカンヌ国際映画祭でカメラドール新人監督賞と国際批評家連盟賞を獲得した。
まつうら・のりこ 千葉県生まれ。武蔵野音楽大学音楽学部器楽学科卒業。高校の音楽教師、会社員を経て、フォトグラファーに。96年からトルコ、シリア、イラン、イラクのクルディスタンを訪問。そのときの紀行『クルディスタンを訪ねて――トルコに暮らす国なき民』(新泉社)は大きな反響を呼ぶ。