

(1997年12月6日付)

八月末、パリでカメラマンに追いかけられたダイアナ元妃が自動車事故死して以来、マ スメディアのあり方について国際的な論議が巻き起こっている。来日していた全英メディア・コミュニケーション大学連合会長のピーター・ゴールディング氏に意見を聞いた。
(十一月六日、京都市の同志社大学で 聞き手・野山智章記者)
――ダイアナ元妃の死に対する英国のマスメディアの反応は。
ゴールディング教授 ダイアナ妃が亡くなった時、英国の報道界は、国民から非難されるのではと大変に心配しました。最初に非難されたのはパパラッチと呼ばれるカメラマンでしたが、国民はジャーナリストがいつもダイアナ妃を追い駆け回したからこうした事件が起きたと感じました。
ともかく、だれの責任なのか、非難を受ける対象が必要でした。フランス人の運転手が大量の酒を飲んでいたことが分かると、報道関係者は胸をなで下ろしました。英国の編集長たちが、これで国民は運転手を非難するだろう、またフランス当局と義理の父親(となるはずであった人)を非難するだろうと、シャンパン片手にパーティーを開いたという話までありました。
しかし、時がたつにつれ、この事故からの反省、教訓として、すべての新聞は今後自らの姿勢を改め、パパラッチから写真は買わないという声明を公(おおやけ)にしました。また、残された王子たちについても追いかけ回さないと言明しました。
ところが、先般チャールズ皇太子は二人の王子と南アフリカを訪問したのですが、多数の報道関係者が取材に登録していることが判明し、サファリを中止せざるを得なくなりました。
――タブロイド(大衆紙)に、ダイアナ元妃の死後、変化がありましたか。
教授 王室報道に関して大変慎重になってはいますが、それ以外の報道姿勢に変化は見られない。何故なら、問題の根は非常に深いからです。大衆ジャーナリズムは娯楽産業の一部であり、『サン』『デイリー・ミラー』等の大衆紙は非常に大きな発行部数を持っています。多くの一般大衆の興味、関心を満たさねばならないということです。その意味で彼らの姿勢、体質が短期間に変わる見込みはないと思います。
――『タイムズ』など高級紙はどうですか。
教授 高級紙を含む多くの新聞がパパラッチの写真を使っていた事実は見落とせません。(メディア王の)マードック氏は「パパラッチに関し唯一後悔すべきは、支払われる報酬があまりに高額だったことだ」と述べています。
マードック氏の傘下になった『タイムズ』は、この三年間大きく部数を伸ばしました。値下げしたことも理由の一つでしょうが、大衆的な紙面づくりをしたからです。いわゆる高級紙の大衆紙化といわれる議論が英国にはあります。
――事故後、報道苦情委員会(PCC)は倫理綱領を改定したそうですね。
教授 報道苦情委員会はメディア業界からの資金援助に支えられた自主機構です。今回、倫理綱領の改訂案を発表しました。特にダイアナ妃のケースを念頭におき、執拗(しつよう)な写真撮影の禁止等を提案しています。加えてプライベートと定義される場所の種類も増やしています。例えば教会、レストラン内もプライベートとすべきとしています。
本質的な問題は倫理綱領ではなく、現代ジャーナリズムの特質にあると思います。倫理綱領は法的拘束力を持つものではなく、あくまで産業の自主的機構によるものです。英国のジャーナリズムがこれまで変わってきたのは、何よりも、報道をとりまく経済的要素が変わったからなのです。
過去三十年間、新聞の発行部数は下落傾向にあり、その一方で読者獲得の競争は逆に激化し、娯楽ジャーナリズムへと傾いていきました。これが今日の英国大衆ジャーナリズムにおける問題の淵源(えんげん)なのです。これを問題と感じるのなら、解決策は新聞産業自体の構造改革に求めるべきでしょう。
――公人のプライバシーと報道の自由の関連について教授のご意見をお聞きしたいと思います。
教授 これは簡単な問題ではありません。表現の自由と個人のプライバシーの線引きの問題はマスメディアにとって二、三世紀にわたり、どこの国でも問題となっています。
ヨーロッパ人権条約では、個人のプライバシーより表現の自由が優先されていますが、問題はプライバシーをどう定義するかです。
例えば、政治家が自らの活動はすべてプライベートなものと主張できれば、汚職を報道することも、不正を糾弾(きゅうだん)することも出来なくなります。公私を立て分け、厳密に線引きすることは不可能だと思います。
権力を監視するジャーナリズムの役割は、民主主義的なプロセスの重要な位置を占め、我々は表現の自由をより重視していかねばならないかもしれません。
――逮捕されたパパラッチに日本人がいなかったことを幸いに、日本のマスメディアは他人事のように論じています。
教授 日本に英国のタブロイドに似た週刊誌ジャーナリズムがあることは知っています。問題は、個人を守るために我々はどこまで民主主義の表現の自由を制限することが出来るのかという点だと思います。
マスメディアは社会に二つの機能を提供します。一つは人々が世界の状況を知る手助けをします。同時に、ただ単なる混乱に興味を覚える人々にも対応しています。これが根本的な矛盾であり問題なのです。
メモ 「ダイアナはメディアの中で死んだのです」――公開講演会でゴールディング教授は、こう切り出した。事実、葬儀のテレビ中継は数億人の人々を釘付けに。チャールズ皇太子との結婚後、彼女は人生の少なからぬ部分をメディアの中で生きた。そして、非業の死が、英国マスコミ界の自主規制宣言はじめ、全世界に報道倫理を問い直す流れを生みつつある。こうした現象を、中・長期的な視座に立ち冷静に見極めようとするまなざしが印象的だった。
(全英メディア・コミュニケーション大学連合会長)
略歴 1947年ロンドン生まれ。69年ロンドン大学卒業後、エセックス大学大学院に進み、19年間レスター大学のマスコミュニケーション研究所に勤務。90年よりラフボロ大学社会学部教授兼学部長。同学部のコミュニケーション研究所長も兼任。全英メディア・コミュニケーション大学連合会長。『ヨーロッパ・コミュニケーション研究』編集長でもある。近著に『文化学の論点』『文化的帝国主義を超えて』『メディアの政治経済』など。