

(1997年11月1日付)

法制審議会は、本年九月十日、法務省刑事局が作成した事務局参考試案に若干の修正を行っただけで、組織的犯罪の刑の加重と予備罪類型の新設、マネー・ロンダリングおよび没収・追徴(ついちょう)の拡大、盗聴を含む通信の傍受、証人等の保護の四点にわたる「組織的な犯罪に対処するための刑事法整備要綱骨子」を採択し、法務大臣に答申した。
法務省はこれを受けて、現在、法案作成作業に入っている。伝えられるところによると、法案の形式内容はほぼ整っているということである。
立案理由として法務省があげているのは、暴力団による薬物・銃器の取引が増大し、その結果、不正権益の獲得・維持が目にあまること、また、住専やオウム事件などを契機として、組織犯罪への対応が迫られていることなどである。
しかし、麻薬事犯の取り締まりや暴力団に対する対策については、すでに、麻薬特例法や暴力団対策法などの制定・強化が、また、銃器対策については銃刀法が強化されている。
このような法律の制定や強化自体についても、問題があるが、それでも、一応このような法律の制定・改正によって一定の対処をするということだった。にもかかわらず、また新たな法律を必要とするという。なぜ既存の法律では足りないのか、ごく最近新設・強化した法律まで有効ではないというのはどういうわけか、納得できない。
住専問題やオウム事件もあげられて、だから組織犯罪対策が必要だという。しかし、住専で問題になるのは経済事犯である。オウム事件とは性格が違う。この二つが同時期に起きたからといって、一括(くく)りにして組織犯罪対策が必要だというのは、どうにも乱暴な議論であり、本当にこれが理由なのかと、疑いが生じる。どうも、口実に過ぎないように思われるのだ。現代的装いをもった治安立法である。
しかし、どのように現代的装いをもとうとも、団体規制を目的とした治安立法は、憲法の保障する結社の自由を脅かすことになる。市民の安全を脅かす犯罪集団の犯す犯罪行為の規制であり、刑罰の強化と捜査手段の強化であるといわれるが、むしろ、不必要な犯罪規定の新設であり、市民的自由を脅かす捜査手段の強化ではないのかと思われる。
今回の提案において、最も問題になるのは、犯罪捜査のための手段として通信の傍受を法制化しようとする点である。
これは、一定の犯罪にかかわって通信を秘かに傍受することを認めようというもので、一般に「盗聴」として問題にされている行為であるが、これまでは、電話による会話の盗聴であったが、今回の提案では、電子メールなどのコンピューター上の通信やファクス通信も対象となっている。盗聴対象の拡大によって通信の秘密の侵害範囲はいっそう広がっている。
通信傍受令状による通信の傍受だから、憲法や刑事訴訟法に決められた令状主義をクリアしているというのであるが、電話その他の通信による会話内容は時々刻々変化する。どのようなことが話されるかわからないのに、予(あらかじ)めの令状によってそれを特定するというのは、神ならぬ身の裁判官の本来できることではない。
そもそも盗聴という行為がそのような予測に立っているというだけではなく、今回の提案では、犯罪が将来起きる可能性がある場合についても、盗聴を認めるという。これは、もはや犯罪の捜査の範囲を超えて、警備予防活動にはいっている。予防活動としての盗聴が正当化されることになると、自由な通信は大幅に制限される。ジョージ・オーウェルが『一九八四年』で描いた恐ろしい監視社会の到来である。
一般の人の中には、こうした盗聴は、犯罪的集団に属しているものだけを対象としているという誤解があるかもしれない。しかし、今回の提案には、そのような限定はない。団体による犯罪との関連という限定もない。どのような人の会話でも、犯罪にかかわっていると捜査機関が考えれば、その通信内容は盗聴の対象になる。
アメリカでも盗聴法を制定して以来、その適用範囲が拡大してほとんど歯止めがないほどである。しかも、盗聴された会話の多くが裁判の証拠としての価値のないものだといわれている。
アメリカでは、不必要、不当な盗聴を行うことには罰則がある。しかし、日本では、違法、不当な盗聴が明るみに出た事例においても、それを行った警察官の起訴さえ行われていない。そうした現実の中で、盗聴規定だけが先行したのでは、われわれの市民的自由は保護されるかという不安は、つのる一方である。
(一橋大学法学部長)
略歴 むらい・としくに 一九四一年大阪市生まれ。一橋大学卒業後、司法修習生、一橋大学法学部助手、講師、助教授を経て教授。専攻は刑事法。著書に『刑事訴訟法』『刑法―現代の「犯罪と刑罰」』など。編著に『現代刑事訴訟法』など。盗聴法の問題点に関しては、『盗聴法がやってくる』(現代人文社編集部編)に寄稿、また十二月上旬に共著『盗聴捜査と市民的自由』を日本評論社から刊行予定。