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寄稿論文

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「戦後補償」問題を取材して
――従軍慰安婦とアジア女性基金に心の溝――

明珍 美紀
(新聞記者)

(1997年10月4日付)



人間としての尊厳回復を願う彼女らの声伝えたい



フィリピン人被害者ロサさんの死悼む

 白いユリの花の横で、祭壇に飾られた遺影が、もの問いたげにこちらを見つめている。六十九歳の生涯を閉じる時、この女性は一体、何を思ったのだろうか。

 マリア・ロサ・ヘンソンさん。フィリピンで最初に「従軍慰安婦」と名乗り出たロサさんを「しのぶ会」が九月二十一日、東京都内のホールで開かれた。八月十八日、心臓の病気で亡くなってから一カ月余。フィリピンからも元慰安婦の女性三人が参加し、サビーナ・ヴィリェガスさん(72)が追悼の言葉を述べた。

「ロサのメッセージで、五十年間、心に秘めてきた思いを明かすことができた。あなたのおかげで、私たちは名誉と正義を回復する闘いに立ち上がることができたのです」

「誠意ある謝罪」を日本政府は行ったか

 ロサさんは一九九二年九月、戦時中の慰安婦の体験を公表。以来、内外を通じ日本政府に対し「個人補償」を訴える運動に身を投じた。対日請求訴訟の原告の一人でもある。

 そのロサさんは一方で「女性のためのアジア平和国民基金」(アジア女性基金)の「償い金」を昨年八月、最初に受け取ったことでも知られる。東京都内のホテルで女性基金の原文兵衛理事長と握手し、「償い金」の目録を手にする姿を見た時、体から力が抜けていくような気がした。

 「私たちはお金のために闘っているのではない」と話すロサさんを思い出したからだ。ロサさんの自宅が火事で全焼するなど、苦しい経済事情があった。記者会見でも「薬の代金、家の修理、子供たちの生活費……」と金の使い道を素直に話した。日本円にして一人二百万円。フィリピンでは相当な額になる。反対の声が多い中、生きていくための「選択」だった。

 償い金には橋本首相の名が入った「総理の手紙」も添えられた。「わが国としては道義的責任を痛感しつつ、おわびと反省の気持ちを踏まえ……」と文面に記される。これがロサさんの求めた「誠意ある謝罪」に対する日本政府の答えだった。

進まぬ「償い金」支給“決裂状態”が背景に

 五月十三日、都内のある一室に、「中国時報」「自由時報」「聯合報」など台湾の新聞やテレビの東京特派員ら約十人が集まった。「まずマスコミの理解を」と基金側が設定した台湾の記者たちとの初めての「懇談会」で、衛藤瀋吉副理事長をはじめ、政府関係者も顔を見せたという。

 女性基金の募金総額は、七月末現在で四億七千九百四十五万円。頭打ちの状態になっている。しかし内閣外政審議室がそれ以上に気をもむのは、支給がなかなか進まないことだ。これまで受け取ったのは、フィリピン二十三人、韓国七人の計三十人。比の支援団体「リラ・ピリピーナ」に名乗り出た女性は百六十一人。韓国では百五十八人が被害者として政府に認定されている。

 台湾でも五月二日、「償い金」の申請、受け付けを知らせる新聞広告が日刊三紙に掲載された。四十二人の対象者がいるというが、今のところ申請はゼロ。台湾で唯一の支援団体である「台北市婦女救援社会福利事業基金会」(婦援会)が、あくまで「国家補償」を主張、女性基金と“決裂状態”になっているためだ。

 女性基金のニュース(六月十七日発行)によると、懇談会で台湾の記者が「国民からの償い(基金)、一方で日本国を代表する総理の手紙。外から見ていると玉虫色で趣旨がわかりづらい」と質問。「基金方式は理想的なものではないと考えるが(中略)何十年をかけて完全を求めるよりもこの道を選んだ」と基金側は答えた。

 韓国記者団とも四月に懇談している。KBS(韓国放送公社)、東亜日報の記者ら十二人が出席し、「記者たちは激昂した発言もなく、終始おだやかに、基金側の意見も最後まで聞く姿勢でした」(同ニュース)と報告された。

 そのほか基金側は「エイジアン・ウィメンズ・ファンド」と題するピンク色のPR冊子を八月の国連人権小委員会に合わせて作成した。A4変形判でカラー、五十ページ。英語も併記されている。

 「とりわけ海外では日本は何もしていないというイメージが一人歩きしている。国庫拠出の医療福祉支援事業も行っているのに、知られていない」(事務局)といい、冊子は一万部を印刷。被害各国の市民団体などに送付し、ジュネーブの同委員会では二百部を各国関係者に配付した。

批判忘れたならば、メディアは役割放棄

 女性基金が発足して八月で二年が過ぎた。「説得」に走るより、被害者の声が基金内に反映される仕組みを作ったらどうか。記者と懇談するより、女性たちと十分に話し合いを重ねるべきではないか。

 そしてメディア。基金側や政府関係者と「懇談」をしてもいい。だが、批判することを忘れてしまってはメディアの役割を放棄することになると思う。

 「人間としての尊厳を回復したい」という彼女たちの声を伝えていく。記者の一人としてこのことを忘れないでいたい。

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 ロサさんの死を悼むサビーナさん(9月21日、東京・千代田区で行われたロサさんを「しのぶ会」で)

(新聞記者)



略歴 みょうちん・みき  早稲田大学卒業後、1986年、毎日新聞社に入社。生活家庭部、北海道報道部などをへて91年社会部。90年5月に初の集団一時帰国をしたサハリン残留日本人の取材をきっかけに「戦後補償」の問題にかかわる。共著に『検証 新聞報道』(CIPサコー)など。