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(2002年7月9日付)
裁判悪用の策略を見抜いた判決 |
この裁判は一般的な損害賠償請求の訴訟を装っているが、実は裁判を悪用しようとする策略があった。
池田大作名誉会長の名誉を著しく毀損するデッチあげの手記を発表し、さらに法廷の場を利用し大々的に悪宣伝しよう、という魂胆があったと思われるのである。
当初、原告は直接被害を受けたという信子本人と、それによる精神的苦痛を受けたという夫の二人が、三つの事件なるものについて損害賠償を請求してきた。私たち弁護団は、信平夫婦による6件の裁判のうち、すでに時効となっている信子本人の訴えと、「除斥期間」(不法行為の時から20年を経過したときは、たとえ知らなかったとしても損害賠償を請求する権利は失効したものとする制度)を理由に、夫の昭和48年の事件を加えた4件について請求棄却を求めた。
その結果、裁判所は私たちの要求通り四つの請求については棄却とし、「昭和58年」と「平成3年」の事件なるものについての夫の賠償請求訴訟だけが残った。
私たちはこの二つの事件も、根も葉もないねつ造であり、裁判の目的が池田名誉会長に対する悪宣伝にあることを明快に立証し、「訴権の濫用」を主張していったのである。
まず、昭和58年の事件なるものは、事件があったと主張する「喫茶ロワール」の建物自体が航空写真などから存在していないことを証明した。
さらに平成3年の事件なるものについても、信平側が主張する時間にはその現場にいなかったことや、手記で「額が大きく腫れ上がる等の傷害」と記している事実とは正反対に、事件直後に撮影された写真には、ニコニコと満面の笑みをたたえた信子本人が撮影されていることなどを明らかにした。
我々の明快な反証を前に、信平側は言い逃れのため、事件の回数を3回から4回にしたり、事件のあった場所や日時の変更、証拠品の偽装。さらに裁判の引き延ばしのために、弁護団全員を解任するなど、常軌を逸した行動に出てきたのである。
そして2000年5月、東京地方裁判所は「訴権を濫用するものとして不適法なもの」として「却下」したのである。
判決文には「本件訴えは、その提起が原告の実体的権利の実現ないし紛争の解決を真摯に目的とするものではなく、被告に応訴の負担その他の不利益を被らせることを目的とし、かつ、原告の主張する権利が事実的根拠を欠き必要性が乏しいもの」としている。
さらにこの判決文の中で、二つの事件の事実的根拠の有無については「極めて乏しいものといわざるを得ない」と結論。
手記の目的についても「仕返し」と推認されてもやむを得ないと弾劾している。
また、反創価学会勢力との連携についても『週刊新潮』や日蓮正宗の機関紙である『慧妙』との関係から、判決文では「それらの団体との間に一定の協力関係があることを推認することができる」と指摘している。
結論として、提訴の目的が池田名誉会長に応訴の負担を負わせることと認定したのである。
そして昨年6月、最高裁判所は信平側の上告を棄却し、判決は確定。実質的にこの裁判は学会側の完全勝利で終結したのである。
私はこれまで、こうした名誉毀損裁判で「書かれる側」と「書く側」の両方の立場で弁護することがあった。「表現の自由」は、目に見えない権力の隠れた悪を暴くうえでも、極めて大事な権利である。その反面、間違った報道は“ペンの暴力”となり、その被害は甚大なものになりかねない。
とりわけ、一部の週刊誌は、売らんがためにセンセーショナルな見出しを立て、人権侵害を平気でおかしてしまうことも多い。
「松本サリン事件」で犯人扱いをされた河野さんのようなケースや、今回の事件のようにウソとでっち上げによる被害を二度と起こさないために大事なことは、そうした報道をする雑誌は絶対に買わないという賢明な読者になっていくことである。
「表現の自由」は何ものにも代え難く、守らなければらない。それと同時にペンによる人権抑圧の怖さを持ち合わせていることを十分に認識していくことが大事である。
略歴さとう・ひろし
1948年生まれ。74年、弁護士登録。横浜国立大学、東京都立大学の各非常勤講師、司法試験委員などを歴任。現在、法政大学非常勤講師、千葉工業大学理事。最近の編著として『新刑事手続(全3巻)』がある。