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(2002年1月29日付)
「報道の自由」を不当に制限 ジャーナリスト(表現者)集団の新秩序が必要 |
1月22日に閉幕したアフガニスタン復興支援国際会議では、日本の二つのNGO(非政府組織)が参加を一時拒否され、内外から批判を浴びたが、もう一つ外務省が聖教新聞の現場取材を拒否するという信じられないメディア差別事件もあった。
聖教新聞は記者・カメラパーソン各一人で、会議リポートを企画し、外務省報道課に取材許可を申請した。ところが1月16日午前、報道課係官が「聖教新聞は記者クラブ加盟社ではないので取材は認められない」と通告した。
聖教新聞側が抗議したところ、係官は「上司と相談して後ほど連絡する」と述べた。1月17日午前、係官から「結論は変わらない。セキュリティ上の問題もあり、新聞協会加盟社もしくは国会記者クラブ加盟の政党機関紙に限定している」などと説明した。
聖教新聞は記者登録の身上書も用意していたが、結局取材ができずに企画を断念した。世界の平和、人権、環境の問題を報道してきた聖教新聞にとって、長い戦乱で疲弊しきったアフガニスタンの人々をどう救うかは重要なニュースだったはずだ。記者証が発給された内外の報道関係者は約120社の1500人だった。
高橋礼一郎外務省報道課長は28日、聖教新聞の取材拒否の理由につい「今次会議取材者の登録に際しては、これまでの慣例と同様、特定団体の機関誌・広報誌は対象としていません」(誌は原文のまま)と述べた。しかし、聖教新聞は国連と外務省が主催した国連軍縮会議を毎回、取材している。
聖教新聞が排除された原因には、外務省の誤った意識のほかに、公的機関の取材についての仕切りを「記者クラブ」が事実上支配しているという厄介な問題がある。
日本では全国の官庁、大企業などに「記者クラブ」がある。この記者クラブは英語では“kisha-kurabu"としか表現できない。日本と韓国にしかないユニークな制度で、日本に滞在する外国人記者の間では、日本のジャーナリズム、ひいては日本社会を悪くしているシステムの一つだと批判されてきた。
どこの国にも取材記者たちが集まるプレスセンター、プレスルームはあるが、特定の報道機関に所属する記者だけが加盟できるという排他的な記者集団が、公共施設の一部を独占使用している国は日韓両国以外にはない。韓国にあるのは日本の植民地支配の残滓だという。
戦前の記者クラブは記者たちの連帯の拠点ともなったが、戦時態勢に入った1941年に新聞統制機関「日本新聞連盟」の発足に伴い、クラブの自治が禁止された。治安維持法下で現在の記者クラブ制度が定着し、米軍が戦後も記者クラブ体制をそのまま存続させて今日に至っている。
1996年に鎌倉市が記者クラブを廃止して広報メディアセンターを設置。田中康夫長野県知事が2001年5月に「脱・記者クラブ宣言」を発表、同年9月、東京都が記者クラブ内のブース使用にかかわる光熱費の徴収を決定するなどの議論があった。記者クラブに対する批判の高まりを受けて、日本新聞協会は本年1月23日に全国の記者クラブの基本指針となる新見解をまとめた。4年ぶりの改定だった。
記者クラブを「取材拠点」から「取材・報道のための自主的な組織」と位置付け、「日本新聞協会加盟社とこれに準ずる報道機関から派遣された記者など」が加入できると規定した。「記者など」の「など」に当たるのは、「一定の業績があり、報道倫理を守るなど一定の条件を備え継続取材するジャーナリスト」であるという。
また、記者室と、組織としての記者クラブとは別であることを明確にし、「記者室を記者クラブ加盟社のみが使う理由はない」と断言している。新見解は、「記者クラブ」の加盟の基準を緩和したが、依然としてフリーの記者はほとんど入れないだろう。報道倫理の順守などの条件を満たしているかどうかの判断を、誰がどういう基準で行うかも明示されていない。
現在の記者クラブ加盟記者に報道倫理はあるのだろうか。松本サリン事件などに見られるような報道被害を起こしたのは権力に懐疑的姿勢を忘れた記者クラブではなかったのか。
記者室と記者クラブは全く別の存在だと定義したのは、画期的なことだが、ほとんどの記者室を記者クラブが占有し、公的機関の記者会見でクラブメンバー以外を排除している現実があるので、事態はそう簡単ではないだろう。日本新聞協会はまず市民と記者室の利用について相談すべきだろう。
「記者クラブ」は排他的な組織だから、「記者クラブ」足りえるのであり、「開放的な記者クラブ」はあり得ない。問われているのは、記者室の記者クラブ以外への開放をどう実現するかである。そのためには「記者クラブ」をいったん解散して、公的機関を取材するジャーナリスト(表現者)集団の新秩序を作り出す以外に方法はない。
長野県庁にあった三つの記者クラブが使っていた記者室を廃止して、表現者はだれでも利用できる「表現者道場」をつくる田中知事の試みを全国化する以外に方法はない。
(同志社大学教授)
略歴 あさの・けんいち 1948年香川県生まれ。慶応義塾大学卒。共同通信社社会部・外信部記者、ジャカルタ支局長を歴任し、94年4月から現職(文学部新聞学専攻)。人権と報道・連絡会世話人。著書に『犯罪報道の犯罪』『メディア・リンチ』など多数。ビデオ『人権と報道の旅』を監修。
<「記者クラブに関する日本新聞協会編集委員会の見解」要旨>
記者クラブは、公的機関などを継続的に取材するジャーナリストたちによって構成される「取材・報道のための自主的な組織」で、公権力の行使を監視するとともに、公的機関に真の情報公開を求めていく重要な役割を担っている。誘拐事件での報道協定など、人命や人権にかかわる調整機能も、記者クラブの役割の一つである。市民からの情報発信に対しても、記者クラブは開かれている。記者クラブは、「開かれた存在」であるべきだ。日本新聞協会には国内の新聞社・通信社・放送局の多くが加わっている。記者クラブは、こうした日本新聞協会加盟社とこれに準ずる報道機関から派遣された記者などで構成される。外国報道機関に対しても開かれている。
記者クラブを構成する者はまず、報道という公共的な目的を共有していなければならず、その運営に一定の責任を負う。
そして最も重要なのは、報道倫理の厳守だ。公的機関側に一致して情報開示を求めるなど取材・報道のための組織としての機能が十分発揮されるためにも、報道倫理を厳守する者によって構成される必要がある。
報道機関は、公的機関などへの継続的な取材を通じ、国民の知る権利に応える重要な責任を負っている。一方、公的機関には国民への情報開示義務と説明責任がある。このような関係から、公的機関にかかわる情報を迅速・的確に報道するためのワーキングルームとして公的機関が記者室を設置することは、行政上の責務である。記者室があり公的機関に近接して継続取材ができることは、公権力の行使をチェックし、秘匿された情報を発掘していく上でも、大いに意味がある。
注意しなければならないのは、取材・報道のための組織である記者クラブとスペースとしての記者室は、別個のものだということである。記者室を記者クラブ加盟社のみが使う理由はない。取材の継続性などによる必要度の違いも勘案しながら、適正な利用を図っていく必要がある。
記者室が公有財産の目的外使用に該当しないことは、裁判所の判決や旧大蔵省通達でも認められている。ただし、利用に付随してかかる諸経費については、報道側が応分の負担をすべきである。