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寄稿論文

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ハーバード大学のジャーナリスト留学プログラム

ニーマンフェローの1年間を終えて

(ジャパンタイムズ記者・大門小百合)

(2001年9月25日付)



醍醐味は世界の記者たちとの交流

気がかりな米国“戦時態勢”下の情報統制


 全米12人、その他の国12人が参加

 昨年の8月から今年の6月まで、私はハーバード大学にあるニーマンフェロー(特別研究員)というジャーナリスト向けプログラムで勉強した。このプログラムは全米から12人、その他の世界から12人のジャーナリストを大学に招待し、毎日締め切りに追われている記者たちに10カ月間仕事を離れて、ハーバードでじっくりと勉強してもらおうというものだ。

 私の参加したプログラムは、週3回フェロー向けのセミナーがあり、そこでは記者たち自身による講演と外部の著名人達(政治関係者、大学の教授、科学者や著名なジャーナリストなど)の話を聞く機会があった。講演の後は、決まって活発な議論になる。セミナー以外の時間は自分のテーマにそってハーバードの授業やセミナーに参加することができる。

 しかし、ニーマンフェローの醍醐味は、やはり世界各国のマスコミの様子を垣間見ることができ、ジャーナリズムのあり方について考えさせられたことだったと思う。

 同じくニーマンフェローであったコロンビア人のイグナチオは国では命を狙われていた記者だった。彼は、アメリカ軍のコロンビア内戦における役割や人権侵害をおかしている組織のことを報道していたので、右翼系準軍備組織、コカイン密輸者、汚職に染まった政治家や軍のメンバーによって脅迫されていた。彼の同僚も何人か殺され、この国では過去10年間に36人のジャーナリストが殺されたという。まさに命をかけての仕事だということを彼からは教えてもらった。

 様々な報道への取り組みと影響力

 これとは逆のケースもあった。中国のあるテレビ記者は、「中国では報道の自由はあまりないが、それでもゆっくりと前に進んでいる」という。その記者はドキュメンタリーを作っていたのだが、選ぶテーマは当然政府の了解が必要だ。政治的で却下されたテーマも多いが、それでも環境問題などを切り口に、報道できることからやっていきたいと地道に番組を作っていた。

 そんな姿勢をジャーナリストじゃないと言い切れるだろうか。アプローチの仕方は違うのかもしれないが、命をかけることだけが方法じゃないのかもしれないと感じたのもその時である。

 また、大学の講演会では、ボストン在住の中国人の詩人である貝嶺(ベイリン)に出会った。この人は去年8月中国に一時帰国したが、彼の発行している詩の雑誌が反政府的だとして中国当局に逮捕され、約2週間拘留されたが、その後釈放され米国への亡命人となった。

 拘留されている間、AP通信やニューヨークタイムズが、彼の問題を頻繁に取り上げ、米国大使館も積極的に彼の釈放に向けて動いたとのことだった。「僕はメディアに助けられた」と彼はいっていた。米国メディアの力を考えさせられた一件である。

 世論の多数が報復を支持する中で

 そんな風に貝嶺を助けることに一役かったアメリカのマスコミだが、今回のアメリカでのテロ事件で、アメリカのマスコミがどう変わっていくのか少し不安だ。戦争体制と同じようなアメリカでは、報道機関にどれだけ正確な情報が流れるかわからない。

 レーガン政権時代のイランコントラ事件時は、厳しい報道統制が敷かれ、記者はほとんど情報を取ることができなかったと当時のホワイトハウス担当の記者が教えてくれたし、当時レーガン政権に仕えていたハーバードの教授も同じようなことを言っていた。

 最近、ある外務省の幹部から、アメリカは日本政府に秘密を漏らすとすぐマスコミに出てしまうので、日本に情報を流すことには相当気をつけているということを聞いた。これは裏を返せばアメリカ国内では情報統制がきいているということかもしれない。アメリカの世論の大多数が戦争を支持する中で、今年のニーマンフェローの間でも活発な議論、正確な情報交換が展開されることを祈っている。

(ジャパンタイムズ記者)


略歴  だいもん・さゆり 上智大学外国語学部卒。ジャパンタイムズに入社後、国会、首相官邸、日銀、財務省、自動車業界などの産業を担当。2000年8月から2001年6月まで米国ハーバード大学ニーマン特別研究員として、アメリカの政治、外交を学ぶ。