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寄稿論文

メディアのページ



ルポ マスコミは「神戸」で何をしたか
――"報道という名の凶行"に傷つけられた街――

東 晋平
(ジャーナリスト)

(1997年7月19日付)



忘れられた「松本サリン事件」の教訓

逮捕前――岡っ引き根性で人権侵害 / 逮捕後――容疑者一家に言論のリンチ

すさまじい近隣のプライバシー暴露

 連続通り魔と小学生殺害の容疑者は逮捕された。

 だが一方で、数多くの地域住民の人生を傷つけ、平穏な生活をズタズタに切り裂いたマスメディアの「凶行」は放置され、日本の人権侵害の度合いが一段と強くなった――これが、神戸の「事件」のもう一つの断面ではなかったか。

 まず、逮捕までの一カ月間、次第に特ダネに事欠くようになったマスメディアは日ごとに探偵気分を増し、勝手な犯人像を追いかけた。

 連日、現場周辺を聞き込みする捜査員の後を、「今、何を聞かれたか」と記者たちが尋ねて歩いた。警察関係者の自宅にも、リーク情報を求めて記者の夜回りが続いた。むろん、「取材」と称するにわか探偵たちの好き勝手な捜査が現場地域を蹂躙したことはいうまでもない。

 その結果、ある時期から「黒、もしくは白い車に乗った、短髪でがっちりした体格の三十代から四十代の男」という犯人像ができあがる。問題は、ここからメディアが犯人捜しを始めたことにある。

 当然のことながら、大都市には、該当しそうな男性が何人も出てきた。メディアの近隣への取材は、こうした人々のプライバシーを暴いていった。

 「彼はどんな人?」だった取材が、情報を集めるうちに「彼が最近、会社を辞めたのを知ってるか?」「彼の兄弟が刑務所に入っていたのを知ってるか?」という取材に変わっていく。怪しいと決めつけた人物に似せて、似顔絵を作ったメディアすらあった。

売らんかなの営利の論理が優先

 リーク情報だけを頼りに無実の第一通報者を一年余にわたって犯人扱いした松本サリン事件を経験しながら、日本のマスメディアは何も学習していなかったといわざるを得ない。容疑者逮捕が遅れていれば、深刻な報道被害を生んでいたことは間違いないだろう。しかも、「少年」が容疑者として逮捕された後、これらメディアは不正確な報道を謝罪したであろうか。

 善意で不審者や被害者の目撃情報を警察に知らせた市民の家には、連日夜中まで、メディアが押しかけた。応対すれば知らぬ間に撮影され、地元ではすぐに身元を知られてしまった。

 なお、この間から今に至るまで、被害者のプライバシーが垂れ流され続けた。目撃情報が求められた周辺地域だけならともかく、全国に被害者の写真や家族のプライバシーを報じ続ける必要性は全くない。他社にない刺激的な特ダネを探し、他社が報じたことは自社も報じなければ視聴率・部数が減る。メディアを支配していたのは、この営利の論理だけであった。

 中学生が容疑者として逮捕(六月二十八日)されると、メディアは探偵をやめ、さっそく少年と家族へのリンチを開始した。

 同日の深夜から、地元では少年と同学年の子供の家を中心に、記者が少年の実名を口にして取材に回った。メディアの取材によって容疑者が誰であったかを知った市民は少なくない。

 『夕刊フジ』は、逮捕翌々日には、容疑者の父親の勤務先を公表した。東京の各駅の売店には、でかでかと実名で「父親は○○○○社員」という広告が掲示された。

"平気で嘘を書く"と住民は唖然

 新潮社の『フォーカス』(七月九日号)と『週刊新潮』(七月十日号)は、少年の顔写真の公表という暴挙に出た。この件について両編集長が、犯行の特異性、あるいは少年法への疑義に話をすり替えて弁解しているが詭弁(きべん)も甚だしい。

 法治国家にあって少年法という「法」を恣意(しい)的に解釈し無視するばかりでなく、あの段階で「容疑者」に過ぎない少年に、既に勝手な制裁を加えたのである。おのれの感情のままに人間を憎み、売るためなら手段を選ばない同社の雑誌らしいやり方だ。

 容疑者の父親の勤務先や本人の顔写真が公表されることには、世間の覗(のぞ)き見趣味を満たすほかに何のプラスもない。少年の幼い兄弟たちが、社会の制裁としてプライバシーを暴かれていいはずがない。少なくともメディアにそんな罰を与える権利はない。結局、被害者も容疑者も、彼らの商売のネタにされただけである。

 こうしたメディアの迷走の背景には、一連のオウム報道の暴走が世論に看過されてきたことへの甘えもあるだろう。ショービジネス的な覗き見報道と純粋な本来の報道とが、今回もまた同じメディアに混在し、人権侵害は巧妙にカムフラージュされてきた。

 「週刊誌はともかく、大新聞までが平気で嘘を書くことを初めて知った」

 ある被害者の家族は、憤りを押し殺して語った。

 地元小学校では、昨日の終業式まで保護者が付き添って集団登校をした。それは、ルール無用でマイクを突きつけるメディアから、わが子を守るためであった。

(ジャーナリスト)