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寄稿論文

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オランダ「安楽死」合法化に想う

在仏ジャーナリスト
三崎ロイヨ由美子

(2001年5月1日付)



欧州で模索される「死の権利」

ホスピス(緩和医療)が提示する第3の道


 4月、世界初の「合法化法」成立

 弱い麻薬の解禁や売春、同性愛者の結婚許可など、一般にタブーとされる微妙な社会問題への先端的な姿勢が注目されるオランダが先月、国家としては世界で初めて安楽死の合法化法案を成立させた。国民の八五%に容認され、二十年以上前から事実上行われている安楽死の合法化は、医師が「殺人」や「自殺ほう助」で刑事訴追されないための保証を与える形式的な手続きと見られている。

 欧州では、終末期患者の生命維持のみを目的とする措置(人工呼吸器など)を停止・拒否する「消極的安楽死」や、末期癌患者へのモルヒネ投与など苦痛緩和の措置が結果として死を招く「間接的安楽死」については、「尊厳死」として社会的に広く受け入れられている。欧州会議生命倫理協約は、患者が事前に尊厳死の意志を明確に記した文書「リビング・ウィル」に法的な有効性を与えるよう勧告しており、北欧諸国やスイス、イギリスに浸透している。

 一方、「神に与えられた」生命の絶対的な尊重を説くカトリックの影響力が根強いフランス、イタリア、スペイン、アイルランド各国では、尊厳死・安楽死を医療従事者の職業倫理の問題とみなし、法的な枠組みにおける検討を避けてきたが、暗黙の了解のもとに非合法に行われている現実を前に、対策を迫られている。

 医師の裁量大きい「耐え難い苦痛」

 オランダにおける合法化は、回復の見込みがなく、耐えがたい苦痛を伴う病状の確認、患者の強い意思と複数の医師の承認などの厳密な条件を課しているが、特に、うつ病などの精神病患者や全身不随など重度障害者、また単に生に疲れた高齢者の「精神的苦痛」も「耐えがたい苦痛」として、医師が患者に致死薬物を与える積極的安楽死の対象となり得る点に対し、欧州諸国から懸念の声が挙がっている。

 法案可決に尽力したオランダの厚生大臣も、何を「耐えがたい苦痛」とするかは、医師の裁量に負うところが大きく、問題が残っていることを認めている。

 また、未成年者や新生児、重い精神病患者、リビング・ウィルを表明していない昏睡状態の患者など、法的に意思表示が不能である場合さえ、一定の条件付で認められている点も問題視されている。

 生存の可能性が極めて低い超未熟児や、一生重い障害が残ると見られる奇形児の安楽死が、医師の独断や家族の懇願で行われても、自発的な報告がない限り外部にはわからない不透明な実情から、「望ましくない者」を闇から闇に葬るナチス流の「淘汰的安楽死」の危険を嗅ぎ取る者も少なくない。

 患者本人のみが命に意味与えうる

 合法化が経済的淘汰への道を開く可能性も指摘される。フランスの経済学者で思想家のジャック・アタリは、「法が、国にとって高くつく緩和医療(ホスピス)の費用を節約する口実となり、安楽死は貧者の医療と化す」危険を警告した。

 ホスピスの重要性は、欧州の安楽死肯定派・反対派ともに優先課題として認める唯一のコンセンサスである。フランス倫理諮問委員会は、宗教的信念を基調とする生命の絶対的尊重と、生死の決定権を個人の自由に帰する無神論的個人主義との、真っ向から対立する矛盾した価値観を超え、第三の道を模索する必要性を呼びかけている。そこで、安楽死肯定の大きな要素である肉体的・精神的苦痛の緩和を目指す終末期医療がクローズアップされる。

 世界保健機構は、現在の医学的水準から、終末期の肉体的苦痛はほぼ完全に制圧できるとしている。ホスピスの第一線にある医療従事者も、苦痛の除去が死の願望を消し去る実例について口を揃える。

 精神的苦痛については、自分の生命を最後まで自律したいとの強固な個人主義的願望と、精神的・肉体的活動能力が縮小された存在に人格の尊厳を見出せない生命軽視の精神とのジレンマから生み出されるものではないだろうか。

 安楽死を要求する人々が主張する「尊厳を保ちつつ死ぬ権利」は、安楽死なくしても可能である、とするのが、ホスピスの提示する第三の道である。「医者は自分の能力を患者に捧げるが、残された生命に意味を与えるのは患者ただひとりである」とのホスピスの現場の証言は、真の個人的自由を示唆して重い。(在仏ジャーナリスト)



略歴  みさき・ろいよ・ゆみこ 1965年広島市生まれ。創価大学文学部社会学科卒。87年渡仏。89年パリ第5大学修士課程、91年専門研究課程修了。93年〜99年、時事通信社パリ支局勤務。現在、日仏メディア倫理の比較研究を行う。