![]()

(2000年11月21日付)
|
被害・加害者の双方と「共生」する社会探れ 事件を“忌まわしい”として封印するマスコミ |
少年法改正についての与党案が、一部野党の賛成も得て、今国会中に成立する見込 みである。
改正案では、殺人などの凶悪犯罪について刑事処分の対象年齢を引き下げること や、条件付きながら被害者に情報を開示することなどが、新たに盛り込まれている。
ただし、法改正をめぐるマスコミ報道が、国民全体に必要十分な論議を喚起(かん き)するには力及ばずに終わったと感じているのは筆者一人ではないと思う。結局、 「厳罰化」が是か非かというようなところに国民の関心が矮小化されてしまったこと は残念であった。
一連の少年事件で私たちが直面した問題の第一は、被害者、加害者の双方と、私た ちの社会がどのようにかかわっていくべきなのか――ということではなかったのか。 少年法の問題は、そこに力点を置いて論議されなければ机上の法律論になる。
むしろ、今回の法改正をすべての出発として、注意深く忍耐強い論議を国民全体で 開始していくべきだと筆者は思う。法案成立で報道が終わってしまうようでは話にな らない。
先般、二夜にわたって兵庫の独立U局であるサンテレビが、ニュースの中で少年法 改正の特集を組んだ。あの「酒鬼薔薇事件」で娘の彩花ちゃんを失った山下賢治・京 子さん夫妻が、地元では初めてカメラに顔を向け、地域社会へ力強いメッセージを発 した。
事件当時、「ショーアップしてはならない」と被害者への取材を控えた同局の報道 姿勢と、『安心報道』(集英社新書)の著者でもあるチーフキャスター林英夫氏の、 「報道の責務は社会に安心を届けることにある」との信念に、夫妻が信頼を寄せた結 果である。視聴者の感動の声は大きく、東京MXテレビ(二十、二十一日)他の地方 局でも放映される。
日本では、事件であれ事故であれ、概して「忌まわしい出来事」として忘却しよう とする傾向がある。現実に、既に酒鬼薔薇事件の現場地域でも、住民の間には「早く 忘れたい」という声が少なくないという。
こうした傾向は、メディアが真摯(しんし)さを欠いたセンセーショナルな事件報 道に終始しがちなことも要因の一つではあろう。「忌まわしい」というレッテルを他 人の手で地域に貼(は)られれば、取りたくなるのは自然である。
だが根本的には、日本社会全体が感情を鈍化(どんか)させ、とりわけ「悲しむ 力」を喪失してきたことに原因があるのではないか。日本にあっては「悲しい出来 事」はそのまま「不幸」であり「忌まわしい記憶」に短絡してしまう。そして、悲し む力が弱いが故に、自身が犯した罪も社会が被(こうむ)った悲劇も、あっさりと忘 れ去ろうとする。歴史健忘症の根っこである。
少年法が問い直される中で浮上したことの一つは、これまで殺人事件であっても被 害者側がまったく事件の蚊帳(かや)の外におかれてきたことである。その意味で は、報道合戦が繰り広げられた最近一連の凶悪事件は例外であり、これまで遺族は加 害者の特定といった基本的なことでさえ、自力で追求するしかなかった。
こうした事態が放置されてきた背景には、「悲しみ」を忌(い)み嫌う日本の精神 性が横たわっている。社会全体が被害者をも忌まわしいものと考え、黙殺し、沈黙を 強要してきたといっても過言ではあるまい。少年法およびその運用の不備は、そこか ら派生した、いかにも表層的なこととさえ思えるのだ。
同じことは加害者に対してもいえる。「非行の原因には(少年自身が選べなかっ た)環境の比重が大きい」という意見も「少年だから更生の可能性が高い」という意 見も、それはそれで正論だろう。
しかし、型どおりの処分で済ませることで単に大人たちが責任や痛みを回避してい るだけなら、厳罰であろうとなかろうと意味はない。少年法の精神をいうのなら、ど う更生させるのか責任を持って、社会が徹底的に加害少年とつき合わねばなるまい。
社会が被害者を沈黙させ加害者を追放して済ますことを、そろそろ終わりにすべき ではないのか。被害者も加害者も、事件の「悲しみ」を正しい意味で生涯深く抱き続 けてこそ、人生を希望に転じる道が開けよう。宿命を使命に変えるためには、宿命と 正面から向き合わなければならないからだ。
それを可能にするためにも、社会が被害者とも加害者とも「共生」するあり方を模 索すべきではないか。この点、震災を経験したサンテレビの報道には今も学ぶものが 多い。
被害者と加害者の双方が、そしてその両者と社会全体が、互いの関係性を「忌まわ しい偶然」としている間は、不幸から不幸へと彷徨(ほうこう)し、過去を忘却する しか道がない。そこに積極的に「縁」ともいうべき必然的な関係性を見いだしてこ そ、絶望から希望を生む思想も、悲劇を価値に変える道も開けてくる。
真に問われているのは「法律」ではなく、日本社会の精神性なのである。
(ジャーナリスト)
略歴 ひがし・しんぺい 1963年兵庫県生まれ。駒沢大学卒。神戸連続児童殺傷事件 に際し、被害者の一人山下彩花ちゃんの母・京子さんの手記『彩花へ―「生きる力」 をありがとう』(河出書房新社)を企画構成、ベストセラーに。続編の『彩花へ、ふ たたび―あなたがいてくれるから』(同)では、山下さんと交わした「生と死」をめ ぐる対話の軌跡を自ら執筆した。2冊の手記は、被害者の側が社会に希望を発信した 希少な例として反響を呼んでいる。日本マス・コミュニケーション学会会員。