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寄稿論文

メディアのページ


米国のパブリック・アクセス・チャンネル

作家、ジャーナリスト
栗木千恵子

(2000年10月17日付)



公共財としてのTV電波を市民に開放

自主制作ビデオを受け付け順に無編集で放送



 公民権運動とケーブルTVが追い風になる

 「情報は力である」。寡占(かせん)化の進むメディアに危機感を募らせた人々 が、「両刃(もろは)の刃」であるメディアに市民の参加を保証しようという動きが 一九六〇年代頃からアメリカで広まった。ことにTVの影響は大きい。

 「貴重な公共財である電波を市民にも」――当初は実現を危ぶむ声が強かったが、 折から全米を震撼(しんかん)させた少数者の公民権の保障(人種差別の撤廃)を目 指す公民権運動とケーブルTVの発達が追い風になった。放送内容が一方的で公正で ないという主張が認められ、チャンネルに余裕のあるケーブルTVが道を開いたので ある。

 こうした考えに基づいてPAC(パブリック・アクセス・チャンネル)が誕生し た。市民が自主的に制作したビデオを編集しないで放送する地域密着のチャンネルで ある。PACの老舗でアメリカ最大、現在最も影響力があるPACの一つといわれる マンハッタン・ネイバーフッド・ネットワーク(Manhattan Neighborhood Network 以下MNN)を最近取材する機会に恵まれた。以下その報告である。

 政治に関するビデオが多いのは、アメリカのお国柄であろうか。最近ではコソボ難 民が自分たちの抑圧された歴史をまとめたビデオをMNNに持ち込んだ。するとセル ビア系の住民が自分たちの立場からビデオをまとめて持ち込む。双方の見解を見た市 民の間で論争が大いに盛り上がったという。

 政治家も市民と同様に自分のビデオを持ち込めば放送される。現役の民主党のニュ ーヨーク市のある女性議員は、PACがなかったら当選は難しかったと認めている。

 番組は玉石混交、視聴者に“眼力”必要

 MNNでは(1)公序良俗に反するもの(ポルノなど)でない(2)商業目的でな い、を放映の二大原則とし、放送は受付順である。宗教のビデオも多い。年間約六万 五千のビデオを放映。続き物(シリーズ)は約千五百である。四半期ごとに番組編成 を刷新。現在四チャンネルで一日二十時間放送している。視聴率は集計しないし、原 則として内容に責任を持たなくてよいことになっている。

 MNNは民間非営利団体(NPO)であるが、九一年に法人格を取得。九二年十月 から本格的に活動を開始した。現在次期(来年一月から三月)の放映申し込みを受け 付けている。夜の時間帯に人気があり、マンハッタンの住民のビデオはこの時間帯に 優先させる方針を取っている。

 MNNのスタッフは三十五人、うち約三分の二がフルタイムで働く。PACとして は規模は大きい方である。本年中に数人から十人増加の予定である。スタッフの経歴 はコミュニケーション、アート、教師、フォト・ジャーナリスト、活動家など多彩で あるが、公正を信奉し、社会的正義の実現を目指す者が多い。

 PACに持ち込まれるビデオは玉石混交(ぎょくせきこんこう)という批判があ る。そのためには視聴者側に真贋(しんがん)を見極める能力が必要になる。TVを 含めてメディアから提供されたものを一方的に信じるのでなく、批判できる、つまり 情報を読み解くメディア・リテラシー教育とあわせて車の両輪のように進めていくこ とが肝要であろう。

 チャンネルを提供するだけでは実りある結果が期待できない。MNNも含めPAC ではパブリック・アクセス・センターを設置し、器材の貸し出し、ビデオの編集など の講習も行う。講師にはボランティアが多い。アメリカの民主主義の理念はこうした 地道な活動に裏打ちされている。

 少数者の権利実現に貴重な方途とも

 しかしながら草の根の民主主義の現代版ともいうべきPACの道は必ずしも平坦で はなかった。大企業や政府の反撃があったという。MNNの場合、地元マンハッタン のケーブルTV局がコミュニティーのために提供する料金を運営費などに充てている が、利潤第一の企業の論理とは必ずしも一致しないという。

 「何か重大な地域問題が起こったら、人々がPACを見るようにもっと定着してほ しい。インターネット時代と言われても、まだまだTVの普及率にはかなわない。地 域のきめ細かい情報はやはり地元が強い」とドナ・ウッディ、MNNの番組編成ディ レクターは言う。

 「沈黙は抑圧に至る最初の一歩だ。せっかく勝ち取った市民の権利の放棄にほかな らない。われわれがカメラとコンピューターを市民に提供し、人々に直接訴える手段 を確保することで、市民は自らの自由を守ることができる。カメラとコンピューター は地上で最強の武器である」とMNNの責任者アンソニー・リドルは語った。

 わが国でPACがアメリカのように普及すれば、現状ではなかなか伝わりにくい、 例えば報道被害にあった人々、犯罪被害者の生の声や、その実情を関心のある人々へ 直接届けることができる。民主主義の原点は多数決もさることながら、少数者の権利 を尊重することではなかったか。今まで無視されてきたこうした人々への社会的関心 がようやく高まってきた昨今、PACの速やかな実現を願ってやまない。

 (作家、ジャーナリスト)




略歴  くりき・ちえこ 一九八四年ボストン大学ジャーナリズム学科卒。『シカゴ・トリ ビューン』紙東京支局記者、NHK衛星放送番組制作を経て、九二年独立。主な著書 に『ニュースペーパーウーマン』(中央公論社)など。大学でアメリカ社会論、情報 社会論などを講義するかたわら、最近ではメディア教育、国際コミュニケーションに も力を入れている。