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寄稿論文

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スタートした放送の『苦情対応機関』
――権力介入の危機に瀬戸際の選択――

丹羽 俊夫
(元テレビ朝日番組審査専任局長)

(1997年6月7日付)



身を削る覚悟で視聴者の批判に応えよ

 NHKと民法加盟社は、五月二十二日放送内容への苦情対応として、客観性をもった業界規制機構「放送と人権等権利に関する委員会」を発足させた。

 加えて各社は自主規制として、「視聴者対応番組」「検証番組」「自己批評番組」「視聴者双方向番組」とキャッチフレーズはさまざまだが、視聴者の声を聴くという番組がキー局、地方局を問わず、数多く誕生したことを素直に評価したい。

 この種の番組の老舗は一九六四年一月スタートの「NHKに望む」であり、民放では九二年四月の「週刊フジテレビ批評」である。

 ただここにきてこの雨後の筍(たけのこ)現象は、「ムスタン」「中国死刑囚臓器売買」や、ヤラセもどき事件の頻発(ひんぱつ)、「椿発言」「TBSテープ事件」「ペルー事件」など自律に問題有りという視聴者の不満が噴き出したからである。

 加えて郵政省の諮問(しもん)機関「多チャンネル懇」が昨年十二月、『青少年保護、意見の多様性と政治的公平、番組内容に対する視聴者からの苦情を処理する第三者機関の設置の必要性』をうち出したこともおおいに影響しているだろう。

 多チャンネル懇の答申は行政介入の拡大であり、メディアは当然ながら権力からの自由を主張していた。

 あえて卑俗的な言い方をすると、これから先々、行政とメディアとの「視聴者の取りっこ」合戦は、どちらに軍配があがるのだろうか。

 テレビ放送の社会的影響、責任は取り沙汰されて久しい。

 一九五〇年施行された放送法は、視聴者からの番組低俗化の非難を背にして、五九年、「番組の適正確保」を図る目的で、「放送番組審議機関設置の義務づけ」という法改正をした。

 『放送事業者の利益追求のための視聴率競争や独断に陥入ることを防ぎ、国民の利益を守る為、放送番組編集の基本となる一定事項については必ず審議会に諮問し、その答申を尊重し、また審議会の自発的な発言を尊重し、しかもこれらの答申及び発言の尊重は現実的措置として表さなければならない』

 そして法制化の根拠として、電波の希少性、公共性、影響力をあげた。メディアは言論統制への危惧(きぐ)を表明した。

 「国家権力は疑ってかかれ」というこの監視のアンテナは悪くはない。しかし法定の自主規制の網はかぶせられてしまった。

 次いで一九六五年開設のNHK「視聴者センター」は、受信料のトラブル処理が主だったから別にして、七三年日本テレビ、七六年TBS、七七年フジテレビ、テレビ朝日が、放送に関する問い合わせ、意見、苦情を承る目的で、視聴者サービスの部署が、この時もまた横並びで作られた。

 その背景には相変わらずのテレビ深夜番組の性表現、ポルノ風潮があり、衆院逓信委、予算委、総理府の青少年白書で問題視された。

 一九八六年には当時の佐藤文生郵政相は、『テレビの青少年への影響を念頭におき、行き過ぎがあった場合は、経営者、番組審議会メンバーに番審の活性化のための指導、助言をしていきたい』と発言した。歴史は繰り返すである。

 番審設置、機能強化、視聴センター、今回の自社批評番組。

 今度こそ経験学習が活(い)かされ、非行の誘因、人権侵害という批判に歯止めがかかるのであろうか。

 但し、どの社も視聴者の声、有識者の意見、メディアリテラテシィーという構成、早朝編成という奇妙な符号がある。

 帝京大社会学科の情報社会学履修生三百三十一人に五月九日、感想文を書いて貰った。

 「社内持ち上げ番組」、「広報番組」、「とりあえず今は放送局への批判が高まっているからだろう」、「マスコミの前には、個人は無力であることをもっと自覚してほしい」、「被害者や遺族の名誉、感情と視聴率を秤(はかり)にかけた時、視聴率の方が重いという報道姿勢は絶対あってはならない」、「ワイドショーなど横並びの番組編成が内容をエスカレートさせる」などたいへん手厳しい。

 そして一番多かったのは「もっと見ることが出来る時間に」という要望であった。

 この種の番組を権力からの防波堤にする積りならば「作ったら終わり」ではなく、身を削る覚悟で視聴者と時間を共有したい。

 「魔女狩りだ、倫理よりマンマだ」という自己中心性不感症から脱却し、社会的連帯感をもって欲しい。

 一本の電話、一通の手紙の背後に沈黙を守る行動派予備軍のテレビを愛する大勢の視聴者がいる。

(元テレビ朝日番組審査専任局長)



略歴 にわ・としお 一九三五年東京生まれ。早稲田大学卒。テレビ朝日(株)入 社。報道局、編成局を経て、視聴者センター、番組審議会事務局長を長く務めテ レビ界に貢献。今年三月まで慶応大学新聞研究所講師。現在は帝京大学で「情報 社会学」等を講義中。著作に『現場からみた放送学』『放送基準へのガイドブッ ク』ほか多数。