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寄稿論文

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ある「ヘイト・クライム(憎悪の罪)」事件のこと

在米フリー・ジャーナリスト
戸田邦信

(2000年8月22日付)




米国で高まるヒスパニック(中南米)系移民への緊張

2005年には黒人抜き人口比で2位浮上と急増



8人の白人少年が高齢の労働者襲う

 米カリフォルニア州サンディエゴ近郊で今夏、在米ヒスパニック(中南米系)を震 撼させる事件が起きた。白人を主体とした十四歳から十七歳の八人の少年が、「ヒス パニックを痛い目に遭(あ)わせてやろう」との単純な動機から、空気銃や鉄パイ プ、棒、石などを使って無抵抗の五人の高齢のヒスパニック労働者を襲って大けがを させた。

 少年らは間もなく全員警察に拘束されたが、検察当局は、傷害罪などとともに、特 定の人種を標的にした凶悪事件として、一段と刑が重くなる「ヘイト・クライム」 (憎悪の罪)を適用する方針を立てている。

 検察当局が、ヒスパニック問題に神経質になるのは、カリフォルニアが米国で最も ヒスパニックの人口率が高いという政治的事情もさることながら、同種の事件の再発 を恐れているためだ。この背景には、近年米国で違法に国境を越えて流入してくるヒ スパニック労働者に対する偏見、反感、苛立ちが高まってきているとの事情がある。

 米国人の最低賃金の半分で働く低賃金のヒスパニックは、好調な米国経済の下支え 役をしているが、半面社会的には白人社会と貧富の差が拡大、白人の若者が、差別や 蔑視(べっし)の感情を抱く土壌が育ちつつある。

 少年たちは、いずれも同じ高校の生徒で非行歴はない。域内ではトップ・ランキン グの高校という。少年たちは「不法移民者を襲っても、彼らは違法滞在なので当局に 申告できず、黙っているから大丈夫」「彼らを撃つのはかっこいい」などと供述して いるという。どれだけ犯行に計画性があったのか、今後の調べを待つしかないが、親 たちの反応は、総じて「うちの子がまさか」というものだった。

年間15万人が違法にメキシコから流入

 検察当局は、襲撃されたヒスパニックが六十四〜六十九歳の無抵抗の農園労働者だ ったこと、少年たちは、襲撃後、殴打した一人は死んだはずに違いないとみて、遺体 を隠すため、現場に戻っていたなどの事実を明らかにし、傷害罪などとともに、ヘイ ト・クライムを適用する考え。また事件の凶悪性から彼らを少年として扱わず、全 員、刑が重くなる成人として立件することにしている。

 ヘイト・クライムは全米二十州以上で制定されている。人種、宗教、肌の色、出身 などの違いを理由に犯罪を犯した者は、厳しく処罰される。米国では六〇年代の公民 権運動を契機に、黒人らの人権が大幅に進展したが、ヘイト・クライムも弱者保護の 法的措置の一環。

 米国には、現在三千万人のヒスパニックがいるが、これは合法的に米国の市民権を 取得した者も含んでおり、不法移民者の実態ははっきりしていない。メキシコから は、年間十五万人の未熟練、貧困の違法移民者が米国に流入しているといわれる。

 米国でヒスパニックが多いのは、メキシコと国境を接するカリフォルニアとテキサ スの二州。米国内の総ヒスパニックのうち、カリフォルニア州に約三四%、テキサス 州に約二〇%が住んでいる。在米ヒスパニックの支援組織ラ・ラサ全米評議会による と、在米ヒスパニックの内訳は、メキシコ系が六三%と圧倒的に多く、その他中南米 系一四%、プエルトリコ系一一%、キューバ系四%などとなっている。

貧富の圧倒的な格差が問題の背景に

 テキサスでも最近、悲劇的な事件が起きた。三人のメキシコ人青年が、国境を流れ る川を泳いで米国に不法入国を試みたが、米国の国境パトロール隊に発見され、途中 で引き返した。一人は岸に泳ぎ着いたが、二人は力尽きて川の底に消えた。この模様 をメキシコの取材陣がテレビに収録していたが、双方の岸から誰も水中に飛び込んで 救助する姿勢は見せず、拱手傍観(きょうしゅぼうかん)するばかりだった。

 メキシコのフォックス次期大統領は、移民問題の抜本的解決を求め、米政府に対 し、メキシコ人へのビザ発給を現在の倍以上に増やすよう要望している。メキシコか らの不法移入が後を絶たないのは、国内の経済的貧窮が原因である。一日二ドル以下 で生活するメキシコ人は、人口の四〇%との推計数字もある。両国の賃金は、米国の 製造業従事者と比べた場合、四倍の格差があるという。

 メキシコ大統領のこうした期待にかかわらず、米国内の移民問題に対する反応は冷 ややかだ。米国は、メキシコ貧民を吸収するスポンジではない、との冷めた論調もあ る。ヒスパニック女性が働く職場でもセクシャル・ハラスメント(性的嫌がらせ)の ケースなどが急増しているといわれる。ヒスパニックの人口は二〇〇五年までに黒人 を抜き、白人に次いで二番目になると予想されるが、移民を「荷物」と負担に感じる 米国の最近の論調(ニューズウィーク誌、ロサンゼルス・タイムズなど)は、ヒスパ ニック問題が将来、社会問題化するシグナルともいえる。(在米フリー・ジャーナリスト)



略歴

 とだ・くにのぶ 一九四九年東京生まれ。上智大学卒。共同通信社会部、外信部記 者。中東、東南アジア地域などを取材。ニコシア、シンガポール、バンコク支局長を 歴任。現在、米サンディエゴ州立大学でコミュニケーション論(修士課程)を学んで いる。