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寄稿論文

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戦時強制労働をめぐって
米国における「対日戦争責任」追及の動き

パシフィック・リサーチ・インスティチュート主任研究員
高濱 賛

(2000年8月15日付)




100億マルク補償決めた独政府・企業が影響

21世紀へ道義的な課題を持ち越すな



サンフランシスコ講和条約で決着?

 カリフォルニア州連邦地裁での対日企業戦時強制労働賠償集団訴訟にとっては、 「触媒的」役割を演じてきた対ドイツ企業賠償支払い交渉が七月十七日最終合意に達 した。

 独政府、企業がそれぞれ五十億マルク(二千六百五十億円)ずつ拠出して犠牲者賠 償基金を設置するというものだ。米政府が深く関与して長年にわたって行われてきた 交渉での合意が対日企業訴訟を審理する米地裁の判断にどのような影響を与えるの か。また対日企業訴訟では、いち早く日本側の主張を支持した国務省の対応に反発し ている米議会の元米兵捕虜支持派がどういった動きを見せるか注目される。

 さる五月二十三日、国務省は連邦地裁判事に対して「サンフランシスコ講和条約十 四条B項ですべての対日賠償請求は解決済み」とする公式省見解を提出、日本側には 「これで一件落着」と安堵感が広がった。日本流に言えば、政府の支持はすべて。ま さに「お上が認めてくれた」ということなのだろうが、古くはペンタゴン・ペーパー 判決を見るまでもなく、政府の見解がすべてでないのが米国だ。役所の言うことがそ のまま国家の決定にならないのがアメリカの論理だ。

 現にドイツのケースが実質的合意に達していた六月の段階(六月二十八日)に対日 企業訴訟問題に関する公聴会を開いた米上院司法委員会(オーリン・ハッチ委員長) でも、委員長自らがドイツの決定を踏まえて、国務省担当者に対して対日姿勢の再考 を強く求め、委員会としては再喚問する意向を伝えている。

 同委員会を軸とした議会の国務省批判が強まれば、米メディアも黙ってはいないだ ろうし、連邦地裁の判決にも影響を及ぼしかねない。国務省の日本企業を擁護する見 解が出たからといって日本企業にとっては必ずしも楽観視できないというのが米側専 門家たちの現状分析だ。

国務省と議会で対応に温度差が

 米国務省と上院司法委との対立点は、まさに連邦地裁で原告団と弁護団が繰り広げ ている法廷のそれと同じ。公聴会で証言に立った国務省のバチュア法律顧問補の主張 はこうだ。

 「サンフランシスコ講和条約での取り決めは、当時の米政府の広範囲にわたる安全 保障目的に照らして確認されており、これは議会での審議をへて承認された。また大 戦中に強制労働を強いられた元米兵捕虜に対しては一九四八年戦争請求法修正案を成 立させている。米政府が連邦地裁に提出した見解は、ただ単に米国の持つ国際的義務 や対外政策面からだけではなく、戦争被害者救済に対する米議会の意向を反映したも のだ」

 これに対してハッチ司法委員長は一歩も引かない。

 「米政府に米憲法修正四条に規定された米国国民の権利行使を妨害する権限などど こにもない。元米兵捕虜たちは日本政府に賠償を求めているのではない。強制労働を させ、それにより利潤を上げた日本企業に賠償請求をしている。サンフランシスコ講 和条約がその権利を放棄しているとは信じ難い。ドイツと強制労働犠牲者が賠償交渉 をした時には米政府はその仲介役を買って出たではないか。ドイツ企業は独政府と一 緒になって賠償基金を設置する方向で話し合っているではないか。なぜ日本企業には 同じことを要求しないのか。判決が下されない前に外交上、安保上からか知らないが 一方的に日本の肩を持つ国務省の見解には重大な瑕疵(かし)がある。もう一度国務 省に持ち帰って再検討してこい」

 ドイツとの比較で言えば、ドイツは第二次大戦後、冷戦下で東西ドイツに分かれ、 ドイツはサンフランシスコ講和条約のような講和は出来ないままに現在まできた。そ の点で日独は大きく異なる。「国務省の役人がドイツとの違いを言えば米議会なり世 論の説得は極めてらくになるのだが、それを言わないのはドイツの立場をおもんぱか ってのこと」(在米日本外交筋)

グローバルなビジネス戦略上も手当てを

 最近、「過去の負債」の清算を目指すドイツの意欲が目立っている。強制労働犠牲 者への賠償支払い、ベルリン・ホロコースト記念館建設計画、政治主導による戦争責 任問題処理などがそれだ。その背景にはドイツにとって巨大な米市場への一層の進 出、グローバリゼーション下での米独企業の合併に向け障害となるようなことは出来 るだけ取り除いておこうとするしたたかなビジネス・マインドもあるのだろう。それ に触発されてか、米企業でも当時ナチス下でユダヤ人に強制労働させていたGMやエ クソン・スタンダード石油が自発的に犠牲者への補償をすると発表している。先手を 打った措置である。第二次大戦での企業の道義的戦争責任を二十一世紀に持ち越さな いという企業経営者たちの戦略が見え隠れする。

 日本でも七月十一日には、韓国人の元女子挺身隊員から提訴されていた損害賠償訴 訟で、機械メーカーの不二越が最高裁で和解、総額四千万円の支払いと会社構内に記 念碑を設置することに合意した。この報道が連邦地裁にも少なからぬインパクトを与 えているようだ。日米の動きが相乗作用を起こしている。こうした米国内の機運を無 視して日本企業がサンフランシスコ講和条約とこれを支持する国務省見解を「金科玉 条」視していると、裁判はともかく、場外でとんだしっぺ返しを受ける可能性も出て きそうだ。(パシフィック・リサーチ・インスティチュート主任研究員)



略歴

 たかはま・たとう 1941年、東京都生まれ。米カリフォルニア大学卒。67 年、読売新聞社入社。ワシントン特派員、政治部総理官邸キャップ、政治部次長を経 て調査研究本部主任研究員。95、97年と読売新聞社から派遣されてカリフォルニ ア大学バークレー校ジャーナリズム大学院客員教授(日本報道論)、98年から同上 級研究員。著書に『新「憂国論」』『中曽根外政論』『レーガンの次は誰か』『行政 改革』など。