
(2000年8月8日付)
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電子メディア帝国の囚われ人にならないために 21世紀へ情報環境を市民の自律・自立に生かせ |
七月十七日から四日間、シンガポールのホテルで「二十一世紀のコミュニケーショ ン――グローバル化のなかの技術・産業、そして市民」をメーンテーマにした第二十 二回国際メディア・コミュニケーション研究学会(IAMCR)が開催された。
四十カ国からデニス・マクウェール、コリン・スパークスといった著名学者、約三 百五十人が集まり、国際・政治コミュニケーション、ポリティカル・エコノミー(政 治産業論)、宗教的説得、社会学、歴史、メディア教育といったメディアのかかわる 総合的分野での濃密な討議であった。
昨年秋、私はロンドンで開かれた「メディア統合のポリティカル・エコノミー」と 題する専門家会議に出席し、二十世紀の二大社会革命としてのテレビと原爆につぐI T(情報技術)による社会変貌の社会的意味についての議論をおこなったが今回の会 議も英国のそれに劣らぬ実りの多いものであった。
IAMCRは現在カナダのトロントに事務局をもつ、この分野では世界でもっとも 権威のある学会で、わが国の「日本マス・コミュニケーション学会」にあたる。今年 の討議の特徴は、IT革命の旗を掲げて押し寄せるデジタル化の大波を市民がどう主 体的に受け止め、利用し、電子メディア帝国の囚(とら)われ人にならないための対 処法を創出することにあった。
日本の関連学会発表の多くは官・民・学がそろってIT礼賛一色になりやすい。 が、シンガポールの討議ではIT社会の光と影がともに検証された。全体会議でも、 光の部分として、アジアの三電脳地域(ハブ地域)としてのシンガポール・マレーシ ア・ホンコンが肯定的に紹介された。
しかし、その直後にメディア論の泰斗(たいと)マクウェールなどに「世界把握の 西洋的偏見」を、そしてパソコン生産の世界の拠点となっている台湾の学者に技術・ 経済論だけからする未来予測が過去三十年間いかに間違い続けてきたかを語らせると いったように、ITの影響を受けると同時にその担い手であり利用者である「市 民」、そしてグローバル社会の情報格差と偏向の問題にも公平な目配りがされてい た。
もちろん、今度の会議ではインターネット通信を利用した社会調査の便利さを強調 する発表も多かったが、今日的な情報ネットワークやオンライン・ジャーナリズム (電子新聞やインターネットの情報提供等)には三十年前にいわれた文化帝国主義、 アメリカ化、心の置き去りの問題がそのまま残っていることを指摘する人も一人ふた りではなかった。
オハイオ州立大学のダンカン・ブラウン教授のように、一九九〇年代に入ってアメ リカでは「メディア・リテラシー」という言葉が躍り出したがそのほとんどの研究プ ロジェクトが有線テレビ(アメリカでは八〇%ほどの家庭が有線で結ばれている)会 社の財政援助を受けているため、現実のメディア産業が抱える深刻な構造問題が隠蔽 (いんぺい)されているという主張もなされた。
日本でも放送研究に金を出す財団などはなんらかのかたちでNHKか民放、ないし は広告会社やスポンサーが関係しており、メディア産業そのものの批判をふくむ研究 への助成は考えにくい実態があるから、まさに我が意を得たりであった。
それにリー・ヨクスアン、シンガポール情報技術大臣がオープニングスピーチの冒 頭で「電脳社会を論じるこの会議の演壇に登ろうとして、今私は階段につまずいた。 あらゆるものが人間生活を軽視して進行しているのではないのか」と、辛辣(しんら つ)ともとれるユーモアをとばした。さらには会議中、何回も情報機材の規格の違い や電気的故障で映像が映らなかったりしたことが象徴しているように、機械だけにた よる情報化社会論はあやうい。
メディア学は総合的な学問であり、グローバル社会の進展にとって注目すべき報告 も多くあった。たとえば香港中文大学のチームは東南アジア六カ国についてのホンコ ンの過去五年のテレビニュース三千本あまりを分析した成果を明らかにしたし、スリ ランカの学者は自国のかかえる宗教対立を例に「多宗教社会における放送」といった テーマへの挑戦もおこなった。
メディアは社会を円滑に運営するために必要不可欠だが、それ以上に人びとの心象 風景と人格形成に影響する。ところが現代の技術の進歩は速すぎて、専門学者をふく め世界のだれもがそのすべての問題に通暁(つうぎょう)できないパラドクス(逆 説)のなかにある。
はっきりしているのはハーバード大学ケネディ行政学院のピッパ・ノリスらのいう ように、自由市場とNPO(非営利団体)がパソコンの助けによって小さな政府を実 現するということだけだが、それもまたデモクラシーの根幹として「賢いオーディエ ンス」(市民・読者・視聴者)がいなければおぼつかない。
市民が主体となるシステムを構築し、デジタル時代のメディアと情報をいかにして グローバルな規模で一人ひとりの自律・自立に生かしきるか。来年度のIAMCR会 議は政治・経済・文化・軍事がもろに葛藤(かっとう)するイスラエルで開催され る。私たちメディア研究者の課題と責任は重い。(同志社大学教授)
略歴わたなべ・たけさと 1944年愛知県生まれ。同志社大学大学院修士課程新聞学 専攻修了。京都産業大学教授を経て、現職。専攻はジャーナリズムの倫理、国際コミ ュニケーション論。著書に『メディアと情報は誰のものか』『テレビ―「やらせ」と 「情報操作」』『メディア・トリックの社会学』『メディア・リテラシー、情報を正 しく読み解くための知恵』など多数。