
(2000年7月4日付)
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8年間、獄につながれているニザル・ナユーフ氏のこと ユネスコ「世界報道の自由賞」 世界新聞協会「自由のゴールデン・ペン賞」に |
黒いTシャツ、黒いハチマキ姿でコーランを唱える若者たち、泣き叫ぶ黒いベール の女たち、群集の手に翻(ひるがえ)る黒い旗。元首の急死を悼む中東・シリアの首 都ダマスカスに溢れる黒一色が、初夏のフランスのニュース番組を彩った。約三十年 間にわたって国を支配した独裁的指導者の喪に服すこの「黒い街」の一隅で、八年前 から獄につながれている一人のジャーナリストの孤独な闘いを、彼らは知っているだ ろうか。
今年三月、国連教育科学文化機関(ユネスコ)の「世界報道の自由賞」、更に六月 には世界新聞協会の「自由のゴールデン・ペン賞」を受賞したニザル・ナユーフは、 週刊誌や、文化省が発行する文芸誌のジャーナリストであると同時に、「民主的自由 と人権擁護委員会」幹事長、また機関誌「民主主義の声」の編集長として、シリアの 「表現の自由」「民主主義」の闘いを代弁する存在だった。
パリに本拠を置き、ジャーナリストの人権や報道の自由擁護のために国際的な活動 を行う「国境なき報道団」は、日刊紙は政府に公認された三紙のみ、外国メディアか らの情報はすべて検閲、ラジオ・テレビも厳しく管理されているシリアを、報道の自 由を抑圧する最悪の独裁国家のひとつと判断する。
一九六三年以来、信条の表現・擁護を目的とする結社・結党の権利が禁じられてい る国では、ナユーフを罪に問うには「人権擁護委員会」に属する事実だけで足りた。 九二年、保安隊に逮捕されたナユーフは、「非合法組織への参画」「虚偽の情報の流 布」の罪で懲役十年の刑を宣告され、獄中でのありとあらゆる非人道的な受難の末、 死の淵にあると伝えられる。
投獄以来、度重なるハンストで弱った体は、拷問の傷跡や、肌に押し付けられたタ バコの火傷(やけど)跡にまみれ、片目は化膿し、片耳もほとんど聞こえない。脊椎 (せきつい)骨を引っ張られ、逆さ吊りにされて鉄パイプで打たれる拷問で、下半身 は麻痺している。他の囚人には認められている休憩時間も奪われ、狭い独房から外に 出て日の光を見る権利もない。砒素(ひそ)などの毒物や、他の囚人との格闘による 殺害の企てが三度確認されているが、ナユーフに同情を寄せる看守の援助などで、幸 い失敗に終わった。
何よりも、一刻も早く化学療法を必要とする白血病が、ジャーナリストの命を脅か している。「シリアの人権に関して虚偽の発表をした」ことを認める声明に署名し、 あらゆる政治的活動の放棄を誓わない限り、いかなる治療も与えない、と当局が脅迫 しているためである。これほどの受難にあって、決してまげない彼の確信とは、どの ようなものなのか。
ユネスコ、国境なき報道団、世界新聞協会、アムネスティ・インターナショナルを 中心に、ナユーフの闘いを「孤独な闘い」に終わらせまいとする国際社会の圧力の結 集が呼びかけられた。
ユネスコの「コミュニケーション・情報・情報科学部」上級専門家、ミゲル・サレ ス氏は、「報道の自由賞」授賞を通して、世界中で弾圧されているジャーナリストと 報道の自由の現状認識が国際世論に浸透することを期待する。
「何年もの間、自分自身の自由を代償にして、報道の自由のために闘っている事実 から、ナユーフ氏が最も賞にふさわしいと決定された。シリアのような極めて閉ざさ れた政体では、政権の世代交代があっても、政治犯の解放については予測は不可能 だ。中東和平がからんだ微妙な地域なので、外交活動には特別の注意が必要とされ る。そのため、国際世論への働きかけに力を入れている。特に、様々な分野で国際的 な貢献のある日本が、世界の報道の自由促進のために果たす役割に期待している」と 語った。
「国境なき報道団」の中東・北アフリカ・トルコ担当責任者のヴィルジニー・ロキ ュソル氏も、「ナユーフ氏のようなケースを、忘却に埋もれさせてはならない。西欧 諸国の指導者は、中東和平を優先させる口実で人権については目をつぶっている。特 にフランスは、他の西欧諸国が『テロリズム助長の国』と見なすシリアの元首の葬儀 に、大統領自らが出席した唯一の西欧国であることからもわかるように、外交レベル でのナユーフ氏解放の努力はほとんど望めない。
世論の啓蒙を続け、彼の名とその闘いを浸透させ、シリア当局が譲歩せざるを得な いほどの圧力に達することを期待するのみ」と、国際世論の潜在力を強調する。
「国境なき報道団」は今年度の年次報告書で、新世紀に入った今も、地球上の二十 億人以上から報道の自由の権利が奪われている現状を糾弾した。独裁的政体が、常に 言論・表現の自由の抑圧から始まる歴史に学んだ者ならだれも、それを「対岸の火 事」として看過することはできまい。ニザル・ナユーフの側に立ち、その闘いと痛み を知ることは、自分自身の自由を守る第一歩であると言えよう。(ジャーナリスト)
略歴みさき・ろいよ・ゆみこ 1965年広島市生まれ。創価大学文学部社会学科卒。87年渡仏。89年パリ第5大学修士課程、91年専門研究課程修了。93年〜99年、時事通信社パリ支局勤務。現在、日仏メディア倫理の比較研究を行う。