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寄稿論文

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東村山市議「他殺視」報道の悪らつ
――警察・検察 「自殺」「事件性なし」発表後も謝罪・訂正なし――

前原 政之
(ジャーナリスト)

(1997年5月3日付)



52本もの創価学会中傷記事 / 3人の自民議員が国会質問→デマ増幅装置!!

『週刊新潮』『週刊文春』報道を
ミスリード(ウソと捏造)した罪は大

"謀殺と断定"した『週刊現代』の記事を告訴



 さる四月十四日、東京地検は、「東村山市議転落死事件」(一九九五年九月一日、東京・東村山市の朝木明代市議がマンション六階から転落死した事件)について、「自殺の可能性が高い」との結論を下し、殺人容疑について不起訴処分として捜査を終結した。

 この事件については、すでに九五年暮れ、捜査にあたった警視庁東村山署が自殺と断定、「事件性なし」とする最終結論を発表している。しかし、朝木市議の遺族らから「他殺の疑いがある」との申し立てがあったため、東京地検八王子支部が捜査していたものである。

 周知の通り、この事件は創価学会攻撃の素材として盛んに利用された。朝木市議が生前、反学会運動をくり広げていたことから、学会が組織的に市議を謀殺(ぼうさつ)したかのように書いた中傷記事が氾濫(はんらん)したのだ。『週刊新潮』『週刊文春』『週刊現代』『週刊ポスト』『文芸春秋』などが“キャンペーン”に参加、計五二本もの記事で「他殺視」報道が展開された。

 なかでも『週刊現代』九五年九月二十三日号は、記事タイトルで堂々と“学会による殺人”を断定してみせ、学会側に名誉毀損(きそん)で刑事告訴されている。警察が自殺と断定した時点でそれらの報道の根拠は崩れているが、今回の東京地検の結論がさらにダメを押す格好となった。

 さて、ここで問われるべきは、「他殺視」報道に荷担(かたん)した各メディアの責任である。『週刊誌のウソと捏造(ねつぞう)』などの著書を持ち、朝木市議の転落死事件についても取材を重ねてきたジャーナリストの佐倉敏明氏は、次のようにいう。

 「一連の『他殺視』報道は、誤報ではなく、政治的意図から仕掛けられた明確なデマです。口火を切ったのは例によって『週刊新潮』『週刊文春』『FOCUS』の三誌でしたが、いずれの記事も、自殺説の根拠となる事実を意図的に無視して、怪死という印象をことさら強調するものでした。刑事告訴された『週刊現代』の記事も確かにひどいものでしたが、先行三誌が“報道をミスリードした責任”も、同じくらい重いはずです」

 『週刊新潮』『週刊文春』両誌の九五年九月十四日号、『FOCUS』の同十三日号の記事は、転落した朝木市議が救急車を呼ぶのを断った事実(今回、地検が下した判断の重要な根拠の一つ)に触れていない。しかも、タイトル、リード文などは、すべて他殺説に与(くみ)するものだった。

 これが今回のメディア・デマの発火点だ。以後、後追いするメディアが増えるにつれ、「共鳴作用」でデマは真実めいてくるが、逆に、デマを報じた責任の所在は次第にあいまいになる。

 その上、反学会報道の場合、国会議員もデマ増幅に荷担する。今回も、他殺視報道をした記事を、三人の自民党議員がなんら検証もなく国会質問で取り上げている。

 「有名な週刊誌に書いてある」ことを根拠に議員が国会で取り上げ、「国会で取り上げられた」ことが記事の信憑性(しんぴょうせい)を高める“箔(はく)”になる。しかも、議員の免責(めんせき)特権で、国会質問中の発言は名誉毀損に問われない――よくできた“デマ増幅装置”である。

 では、今回の“決着”を受けて、「他殺視」報道をした各誌はどう反応したか? 驚くべきことに、公式の反応は皆無である。謝罪も訂正も、東京地検の判断に対する反論もなし。そもそも、不起訴処分すら「なかったこと」のように一片も報じられていない。

 むろん、国会で記事を取り上げた議員たちもダンマリだ。一方、「他殺視」報道に与しなかった全国紙各紙も、地検が下した結論をベタ記事で報じたのみ(四月十五日朝刊)。つまり、謀殺をほのめかしたデマ報道(記事+その広告)の圧倒的な量にくらべ、それを否定する報道は比較にならぬほど微量(びりょう)なのだ。

 その結果、いまもデマだけが一人歩きをしている。実際、現時点でも、朝木市議の死に学会が関与していたと思い込んでいる人は多いにちがいない。かくして、不特定多数の学会員が被(こうむ)った報道被害<殺人容疑は被疑者(ひぎしゃ)不詳であった>にはなんらの回復措置も取られず、野放しのままである。

 複数のメディアが歩調を合わせれば殺人事件すら捏造できる。しかも、殺人でないことが判明しても、どのメディアも責任を取ろうとしない――「東村山市議他殺視報道」は、日本のマスメディアがその力に見合ったブレーキ(責任制度)を備えていないことを、まざまざと見せつけた。

(ジャーナリスト)