

(1997年2月15日付)

公共空間ともいえる交通機関の中でいきなり飛びこんでくる見出し文字。週刊誌など雑誌の中づり広告のことだ。芸能人や皇室などに関するセンセーショナルな見出しが並ぶ雑誌広告には、見る人によって不快な念を起こさせるものも多い。こうした一般週刊誌の車内広告を一切行なっていない珍しい鉄道会社がある。大阪市に本社を持つ私鉄の阪急電鉄だ。
阪急では、車内づり広告が始まった昭和三十年代後半に独自の「広告掲出基準」を策定。ゴシップ、スキャンダル、センセーショナルな見出しが踊っているため、一般週刊誌の車内広告については一切受け付けない方針を決め、今も続けている。同社メディア営業部の村越孝三・広告営業課長は語る。
「電車にはいろんな人が乗っていますし、当然、不快な気持ちを持つ人もいます。もちろん代理店からは、週刊誌の広告を載せてくれという要望もたまにはありますが、うちなりの基準があるのでと説明すると、だいたい納得していただけます」
公共空間としての自覚から、阪急では自主的な判断によって車内づり広告を規制している。かといって、すべての雑誌広告を禁止しているわけではない。禁止しているのは、『週刊文春』『週刊新潮』『週刊現代』『週刊ポスト』といった“一般週刊誌”であって、差し障りのない情報誌には門戸を開いている。
「住宅、求人、レジャー、ファッションなどの雑誌についてはなにも規制はしていません」
実際、阪急電車に乗ってみると、一般週刊誌のおどろおどろしい広告は見られないかわりに、関連企業のレジャー部門の広告や、女性ファッション雑誌、情報誌などのおとなしめの広告がさりげなく目に入ってくる。
一方で、阪急を除くと、雑誌の中づり広告に規制を設けない鉄道会社のほうが圧倒的に多い。大阪に限らず東京でも、一般に週刊誌広告が多いのは「地下鉄」だ。私鉄と違ってホテルや遊園地など系列会社の広告が少ないことや、社外の風景が見えないため、乗客の目はどうしても広告にいきがちで、そうした効果を見越したスポンサーからの掲出要求が強いからだともいう。
本来、こうした売らんかなだけのスポンサー(雑誌社)の姿勢も問題とされるべきだが、そうした資本の論理のはざまで、自社で決断し、実行に移している阪急の取り組みは評価されてよい。
こうした車内の中づり広告と意味合いは異なるが、昨年夏、国内航空三社は、ヘアヌードのグラビアが多く載る『週刊現代』『週刊ポスト』の機内搭載を中止して、話題をよんだ。女性客の苦情を受け、昨年七月、最初に実施した日本エアシステムでは次のように語る。
「もともとうちは女性客を意識した路線をとっていて、行楽客の増える夏休み前に搭載を取り止めたんです。さりげなくスタートするつもりでしたので記者発表もしなかったんですが、あるとき全国紙に取り上げられてからマスコミ各社が殺到し、話が大きくなって困りました」(笠間万寿雄・広報室課長)
一方、日本航空や全日空も、二誌不搭載の措置について、あくまで顧客本位のサービスであることを強調する。
「エンターテイメントとしては、映画、ビデオ、機内誌、新聞、オーディオとある中で、雑誌は一部のサービスにすぎません」(日本航空・広報)
「機内食と同じようにサービスの一環という考え方で(当社に)確たる信念があるというわけではありません。お客様の声は生き物でして、声が変われば今後搭載する可能性だってあります」(全日空・広報)
JASが最初に取り組んだきっかけも、公共空間ともいえる機内で、隣に座った男性がヘアヌード写真の載った雑誌を広げて見ているのは、女性や子どもの乗客に対してふさわしくないとの判断からだった。二社も世論に押されてそれに続いた形だ。
同志社大学の渡辺武達教授(専攻は、ジャーナリズムの倫理、国際コミュニケーション論)は著書『メディアの公正と社会的責任』の中でこう述べている。
「『週刊新潮』や『週刊文春』は成人女性のヌード写真がほとんどないということだけで良心的だといわれ、病院の待合室や銀行の窓口にも置いてある。(中略)確かにポルノまがいのヌード写真をだれでも見られる機内に搭載するのは問題です。しかし同時に、内容的害毒によって、読んだ人の頭がしだいに中毒症状になっていくような読み物もまた問題にしなければいけないでしょう。私が見ると『週刊文春』や『週刊新潮』は(中略)スキャンダル情報であればたいていひどい人権侵害で成立している雑誌です」
ヌードへの規制は大事だが、人権を無視した週刊誌のスキャンダル情報が、見出し広告の形でタレ流されている現実もより重要だ。一方的情報がなんらの規制を受けることなく、公共の乗物で掲載されるのは、公平性の原理にも反している。