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寄稿論文

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カイワレの報道被害に見るメディアの病

川上 和久
(明治学院大学助教授)

(1997年1月4日付)



「情報操作」が「報道被害」つくる淵源に

 私たちの日常生活の中で、日頃は意識していない情報が、急にクローズア ップされることがある。もちろんそれが、自分自身の生死に関わると認知さ れる情報であれば、その事態に適応するために情報感度を研ぎすますのは当 然のことだ。しかし、メディアはえてして、私たちを煽り、無理にこういっ た情報への関心を高めさせるべく操作することもある。メディアと受け手の 相互作用の中で、特定の情報が増幅され、被害を受ける側の叫びは、いつも メディアの大合唱の中に呑み込まれていく。

 まったく普通の日常生活を送っていた市民が、いきなり毒ガスをまき散ら した犯人であるかの如く扱われ、深刻な報道被害を受けた松本サリン事件は 、予断とリーク情報に依拠したメディアの無責任を改めて私たちに印象づけ た。

 だが、今年の報道被害で印象に残るのは、何といっても病原性大腸菌O 157による感染症で「犯人」扱いされたカイワレ大根であろう。

 六月から発生したO157による感染は、七月に大阪府堺市で六千人を超 える患者を出したことで、大パニックを引き起こす一方、メディアによる感 染原因の「犯人」探し、そして厚生省に対し、感染原因の究明を求める大合 唱が始まった。

 厚生省は、昨年八月七日に集団感染に関する中間報告を発表した が、ここでは、原因食材として、七月八、九日の給食で出されたカイワレ大 根が浮上し、「断定はできないが、疫学的な調査結果も総合的に勘案すれば 、その可能性も否定できない」と指摘した。

個人・集団の保護と情報公開の両立困難に

 メディアの報道の仕方は、厚生省が「原因は特定できない」と公表してい るにも関わらず、松本サリン事件のときとまったく同様、カイワレ大根が犯 人であるかのごとき扱いをした。

 当然のことながら、デパート、スーパーで は、店頭からの撤去が相次ぎ、8月以降、カイワレ大根の業界全体の出荷量 は例年の3割ほどに激減し、大打撃を受けた。

 カイワレ大根の生産者で作る 「日本かいわれ協会」は、12月2日、「菌が検出されていないのにカイワ レ犯人説を公表されて被害を受けた」として、国に総額4億4千万円余りの 損害賠償を求める訴えを東京地裁に起こした。

 訴訟自体は、裁判で結果が明らかになる性質のものであり、コメントのし ようがないが、裁判で決着がついてもなお、私たちが解決しなければならな い深刻な問題が構造的に残されている。

 その第一は、情報公開と個人や集団 の保護を、どのように両立させるかという点だ。日本では情報公開法が審議 中であり、公開すべき情報とそうでない情報の基準が、いまだ曖昧なままに なっている。

 行政情報が全面的に公開されるとなれば、今回の調査について も、メディアの自由裁量で「カイワレ大根=犯人」説の文脈がどんどん増殖 されていく危険性をはらんでいる。特に、集められた情報から別々の結論が 導き出されるような事例はむしろ少ないので、メディアによって作られる文 脈は、ますます一つの方向に収斂していくことになる。

市民の側に立つメディア責任制度が不可欠

 国民の生活を守ると いう公益性の側面と、個人や集団の利益を損なわないという側面をどのよう にバランスさせていけばいいか。公益が誰のためのものなのかという点の議 論も含め、曖昧なままにせず煮詰めていく必要があろう。

 第二は、繰り返し指摘されることだが、今回のようなケースの場合でも、 報道した側の責任について、ほとんど問題にされていないことがあげられる 。

 厚生省の発表があった当時は、ニュース価値を認め、さまざまなメディア が競ってカイワレ犯人説に基づく大フィーバーを繰り広げたが、O157騒 ぎが一段落すると、次々に新しいニュース価値に飛びつき、報道したことに よる影響を忘れ去ったかのようである。

 放送におけるメディア責任制度に対 して、放送界は放送の自由を守る建前から大反対をし、自主規制によるコン トロールを主張しているが、今回のカイワレ騒動について、内部ではいった いどのような総括を行っているのだろうか。やはり、市民の側に立った、き ちんとしたメディア責任制度が不可欠ではないだろうか。



 略歴 かわかみ・かずひさ 一九五七年、東京都生まれ。東京大学大学院社会学研究科単位取得退学。専攻は社会心理学・コミュニケーション論。著書に『情報操作のトリック−その歴史と方法』(講談社現代新書)など。