

(1998年5月16日付)
巨大な影響力をもつメディアを監視する市民の活動が盛んな米国にあって、そのリーダー的な存在がFAIR(Fairness & Accuracy in Reporting=報道の公正と正確さを追求する会)である。メディアの偏見、不公平を正し、女性、労働者、少数者への無神経な報道を強く批判している。ニューヨークで四月二十九日、FAIRの機関誌『Extra!』の編集長ジム・ナウレカス氏に話を聞いた。(野山智章記者)
――クリントン大統領のセックス・スキャンダルに関するメディアの報道姿勢をどう思うか。
我々は公人にもプライバシーがあるという立場をとる。(報道するべきか否かの)ガイドラインとしては、問題がその人物の私生活にかかわるものなのか、それとも公的任務にかかわるものなのかということだ。
クリントン大統領を取り巻く疑惑の場合は、一つは訴訟がかかわっているし、もう一つは独立検察官が乗り出す事態になっているため、“報道するな”というのは難しい。しかし、ここにもバランスの問題がある。重要な問題ではあるが、読者を喜ばせようとするスキャンダラスな内容や、人物間の衝突に焦点が当たる傾向が強い。
問題は、ニュースがもはやニュースではなくメロドラマの様相を呈している点にある。ニュース番組がエンターテインメント(娯楽)のようになってきている。世界ではNATO(北大西洋条約機構)の拡大など、劇的な変化が起こりつつあるのに、それほど大きく報道されない。なぜならエンターテインメントの要素が強いニュースの方が受けるからだ。
――クリントン大統領のスキャンダルをどのようにみているか。
スキャンダルの直後に一般教書演説があったが、メディアの中には大統領がスキャンダルから人々の注意をそらすために一般教書を利用しているという批判があった。これは本末転倒だ。大統領は国政を議会に報告する義務があるし、一般教書は重要であり、スキャンダル回避の道具と位置づけるのは行き過ぎだ。
また、今回のスキャンダル報道では、情報源の明示という報道の原則がないがしろにされた。単なる噂(うわさ)が繰り返し報道され、匿名の情報源による記事を、ある新聞が掲載し、他紙はその新聞を引用するというようなことが頻繁(ひんぱん)に行われた。これはもう、博物館に陳列する価値のある文明の産物といえる。
スター特別検察官がメディアを利用したという問題もある。同検察官は批判をコントロールし、記者やニュース・メディアを利用している。
――FAIRは、少数者にかかわる無神経な報道をすることを批判している。米国では時として宗教的少数派に対するバッシング(攻撃)的な報道が見られるが。
メディアは、好奇心から一風変わっていて視聴者一般にはいない特別なタイプの人を作り上げようとする傾向がある。以前、大みそかの新聞の見出しに「イスラム教徒は新年を違う形で祝う」という記述があった。問題はだれを基準にして「違う」と言っているのかということだ。見出しからは、この新聞がイスラム教信者を読者として想定していない、ひいては米国人の一部として考えていないことがうかがえる。
一般にメディアは、キリスト教的、中流階級価値観という、広告主が求めている層を読者として想定している。広告主が求める層を読者として獲得したいという商業主義的な衝動がメディア内部にはある。また、広告は広い意味で人間を均一化しようとする働きがある。他の人も買っているから、あなたも買うべきだというようにだ。
(キリスト教の少数派である)アーミッシュなどは質素を旨としており、物をあまり買わないし広告主にとって好ましいターゲット層ではない。その故に時として、メディアのバッシングの対象になってきた。私などはアーミッシュの人々を見ると我々の社会の物質中心主義について考えさせられるが……。
また、宗教的少数者ではないが、アイリッシュ・トラベラーズという少数グループがいる。ジプシーが起源だともいわれるが定かでなく、アイルランドにいる少数者グループだ。その人たちの中で米国に移住してきた人たちもいて、彼らは非常に家族志向、グループ志向が強く、あまり外部の人とかかわらない。
彼らの中で何件か犯罪が起こり、逮捕者が出た。事件をよく検証し、彼らの中で犯罪にかかわった人たちの割合を米国社会における犯罪件数と比べて考えるとさほどではないが、NBCの番組「デートライン」では、連続でアイリッシュ・トラベラーズを特集し、彼らを犯罪ギャング集団であるとし、「トラベラーズと犯罪者は同義語である」と決めつけた。これは無知に起因した一種のショッキングな例だ。もし同じことをユダヤ人、中国人など他のグループに対して行ったらおおごとだろう。
――今年はドレフュス事件から百年に当たる。ドレフュス事件は、人種差別問題のみならず宗教的少数者への迫害の側面もあると思う。もし百年前にFAIRが存在していたら、どう対応したか。
自分で子供二人を殺害しながら、黒人が子供を誘拐したという話をでっちあげたスーザン・スミスの事件や、一九九〇年にボストンで起こった、黒人が妻を殺したという作り話を主張した夫のケースなど、米国では犯罪を犯した人物が、社会の中にある偏見を利用して、架空の犯人像を作り上げたケースがいくつもある。
人々の頭の中に偏見があるから、こういうデッチ上げの犯人像がリアルに見える。ドレフュスのケースもこうした例に似通ったものだと思う。人々の中に、ユダヤ人的気質と不誠実さが結び付くという思い込みがあった故に起こった事件だ。今も昔もこうした偏見に関してはあまり変わりがない。
FAIRとは
会員2万人、活動成果をラジオでも公表
1986年に設立された新聞、雑誌、テレビ、ラジオのニュース報道を監視する民間団体。全米に100以上あるといわれるこの種の団体の模範的な存在で、会員数は約2万人。政治的にも商業的にも独立した団体として、徹底的なデータ分析に基づき、報道の問題点を名指しで指摘することで定評がある。隔月刊の機関誌、月刊のニュースレターを発行、更に全米100以上の公共ラジオ局で週1回放送される番組も制作するなどして、活動の成果を発表している。インターネット上にホームページhttp://www.fair.org/を公開。
市民に代替の情報(オルタナティブ)を提供
「我々は、すべてのメディアが特定のエスニック・グループや国に対し、似たような意見ばかりを述べている時に、決して同調しないし、同種の宣伝機関とはならない」――ナウレカス氏は『Extra!』誌の編集方針をこう述べた。「湾岸戦争が好例だが、ニュース・メディアは国防省の宣伝機関になるのでなく、ニュースを伝える義務があったはずだ」とも。こうした姿勢は他のメディア監視団体の模範ともなっている。
専従スタッフ十一人がいるFAIRの事務所は、マンハッタンのチェルシー地区にあり、古い倉庫を改造したような一室だった。三十代、四十代の人たちが大半で、ジーンズにTシャツという軽快な服装で働き、活気があった。『ニューズ・ウィーク』誌や『インタナショナル・ヘラルド・トリビューン』紙といった有力メディアから転身した人もいて、それは彼らなりの今日のメディア状況への異議申し立てでもある。
略歴 Jim Naureckas 1964年生まれ。85年、スタンフォード大学で政治科学の学位を取得。『In These Times』紙で調査報道記者、ラテン・アメリカに関するニュースレターである『Washington Report on the Hemisphere』で上席編集者を務めた経験をもつ。共著に『The Way Things Aren’t:Rush Limbaugh’s Reign of Error』、共編著に『The Fair Reader』がある。