

(1998年1月17日付)
第二次大戦後、客観報道、フリー・プレスの名のもとで、日本の政治報道は特殊なプロセスを経た。米国や英国など政権交代が常態の国のマスメディアが、時として社論で支持候補や支持政党を明確化するのとは明らかに異なったスタイルが確立している。ニューヨーク・タイムズ紙東京支局長の経験もあるスティーブン・ワイズマン論説委員に話を聞いた。(野山智章記者)
――「選挙報道」「政治報道」について、ニューヨーク・タイムズ紙の報道姿勢をうかがいたい。
政治報道に関していえば、ニューヨーク・タイムズ紙は全米でおそらく最も影響力の強い新聞であるために、同じパターンに陥らないように注意しなければならないと思う。タイムズ紙の選挙報道記事は他紙のものと比べて長く、たとえば候補者スピーチなどは全文掲載する形をとっている。有権者の声を聞くことにも努力を払っている。投票するに当たって必要十分かつ正確な情報を有権者が得られるように、いわゆる伝統的な報道の枠を乗り越えてそれ以上の報道活動を行っていこうと努力している。
――マスメディアは第四の権力として、独立した側面がある一方で、政府の御用機関的、従属的な役割を果たすことに終始してしまう場合がある。政治報道にまつわるこうした危険性について、ニューヨーク・タイムズ紙ではどのように対処しているか?
この問題は、米国ではさほど深刻にはなっていない。もっとも(キューバの)カストロ議長のような人物の眼から米国のマスコミを見れば政府の一部であるように見えるかもしれないし、それは哲学的意味では一分の真実があると思う。
しかし、現在ではむしろプレスは政府や権力者に対して敵対的、批判的であると思う。ニューヨーク・タイムズ紙はパパラッチのレベルまで落ちていないが大半の米国人は同視しているのではないかと思う。変に響くかもしれないが、タイムズ紙は時に権力に近すぎて批判が足りないのではと憂慮する時も、時には過剰に批判しすぎているのではないかと憂慮する時もあるというのが実情だ。
――ある滞日経験の長い米国人記者が、日本のジャーナリズムの問題点について、@与党に甘く、野党に辛い報道Aメディア自らが体制の一部の感覚、をあげた。あなたの考えは?
それは正しい分析だと思う。しかし改めて指摘するまでもないが日本の「記者クラブ・メンタリティー(心理)」がこの問題を深刻化させていると思う。一人の政治家を記者がグループでカバーするよう派遣されるというのも不健全だと思う。
構造的問題であり、これは記者を政治家(=取材源)依存体質にし、記者側は批判的なことを書くと次から情報がもらえなくなるなどの弊害が生じることを知っている。米国でも同じような問題はある。
しかし、一人の記者が多数の政治家をカバーすることができれば情報源の多様性が保たれ、そうした問題はある程度回避できる。記者がカバーしている政治家から報酬や懲罰を受け、それによって操作されることは米国のジャーナリズムにおいてもある。こうした人間の性(さが)をいかに乗り越えるかという方法を新聞は見つけ出さなければならない。
――日本滞在時の最も印象深い出来事は?
私が東京支局長だったときに小錦が横綱昇進を却下されるという出来事があった。タイムズ紙では小錦に電話インタビューしたところ、小錦は米国人であるために横綱昇進を拒否されたと明言した。タイムズ紙はそれに基づいた記事を書いたがそれが角界で波紋を呼び、小錦は即座にそれを言ったのは自分ではないと、そうしたコメントをしたことを否定した。
角界側はタイムズ社と私に謝罪を要求したが、小錦と電話で話したことは事実であり、小錦関が気持ちを改めたと報道するのはやぶさかでないが、謝罪するつもりは一切ないと申し上げた。
角界側は「ワイズマンさん、この問題を解決するおつもりはないんですか。それともあくまでも敵対させるおつもりですか」と聞いてきた。
答えるのに難しい質問だが、問題を解決することが私の仕事ではない。日本においては特に、すべての社会的関係が合意に達する、問題を解決するというほうに傾けられていて、これがいかなる社会的条件下でも日本の最重要事項であると思う。
ジャーナリストは自分の仕事をすることが重要であると思う。米国を含めて多くの社会においてジャーナリストはアウトサイダーであり、人々と異なった物の見方をし、衝突や惨事が大好きな人種だと考えられており、だれからも好かれない。好かれようとすることがそもそも間違いだ。私の同僚はそれよりも重要なのは必要とされることであると言っている。
マンハッタン摩天楼の街の喧騒(けんそう)がまるで嘘のような、駘蕩(たいとう)とした空気の漂う専用の論説委員室でインタビュー。東京支局長を務めたワイズマン氏は日本からの来客とあって、初対面にもかかわらず旧知の友のように迎えてくれた。
話が弾(はず)むうちに、かつての取材の苦心がこみ上げてきたのだろう。「日本人は自分たちの社会内部で起こっている衝突について話したがらない。また、軋轢(あつれき)があることすら認めたがらない。たしかに政治やスポーツ等で利害衝突が現れるが、それは半ば演出されたものだ」と。
ジャーナリズム論から自然のうちに日本文化論へと話題は移った
略歴 Steven R. Weisman 1946年ロサンゼルス生まれ。エール大学卒業。68年、ニューヨーク・タイムズ紙に入社。ニューデリー支局長、東京支局長、海外デスク副編集長を経て95年から論説委員。 専門は政治、政府関連、経済。75年、ニューヨーク市の財政危機に関する報道でシルリアン・ソサエティー(Silurian Society)賞を受賞。
ニューヨーク・タイムズ紙
一八五一年に創刊された日刊新聞で、米国を代表する高級紙として有名。
「印刷に値するすべてのニュース」とのスローガンを掲げる。中立公正な“記録の新聞”との高い評価を得ている。米国全土のほか、世界の主要都市にも配布されている。
ベトナム戦争がまだ継続中の一九七一年、衝撃的な形で軍事介入の真相をつづった国防総省秘密文書(ペンタゴン・ペーパー)の暴露報道を行い、「報道の自由」をめぐる裁判を引き起こして、ベトナム戦争に対する米国民の懐疑心を決定的なものにした。