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連載
「米国ジャーナリズム報告」

米国ジャーナリズム報告

【1】



ジェネバ・オーバーホルサー氏に聞く

――メディアは謙虚さ取り戻せ/横並びでない独立・主体性ある報道を――

(1998年1月1日付)



 日米両国でジャーナリズムの危機が叫ばれて久しい――。松本サリン事件やアトランタ五輪爆弾事件の報道被害に象徴的なように、市民の人権を侵害する犯罪報道の暴走。また、権力側に巧みに情報操作され、選挙となれば政党や候補者間のネガティブ・キャンペーンに引きずられ、結果として有権者の政治離れを助長する政治報道の欠陥。こうした内外のメディア批判の高まりの中で昨年九月、米国の主要なマスメディアの関係者や研究者にインタビュー取材を行った。そのメディア大国の現状を「米国ジャーナリズム報告」と題して随時、掲載する。第一回はワシントン・ポスト紙のオンブズマン、ジェネバ・オーバ ーホルサー氏。(野山智章記者)

犯罪報道/当局に利用され焦りから暴走/政治報道/以前に比べ権力寄りになった

アトランタ五輪爆弾事件の誤報

 ――読者からオンブズマンに寄せられる苦情の典型的なものは?

 手紙や電子メールを通して読者から一日およそ五十通の苦情を受ける。それを受けて、場合によっては特定の記者のところに苦情を知らせ、話し合い、訂正記事を載せるかどうかなどを話し合う。私個人には訂正記事を掲載させる権限はないが、事実関係が間違っていたということであれば結果的に訂正記事を載せることが多い。

 読者が特定の記者にすでに苦情を持ち込んだのに記者が対応せず、オンブズマンのもとに再び持ち込むケースが多い。多くは「ポスト紙の報道が偏向している」「なぜこのような重要なニュースが記事にならなかったのか」などという苦情で、それを社内メモにして回覧するか関連するコラムを書くなどする。

 ――アトランタ五輪爆弾事件の際の誤報についてどう考えるか。

 当局側が、ただの「容疑者」でなく「最重要容疑者」と言っているのであれば、私たちは報道する義務がある。しかし、確かに報道の仕方に問題があった。地元紙アトランタ・ジャーナルは過剰に反応しすぎたと思うが、ワシントン・ポスト紙も同じだ。報道すべきニュースではあったが、見出しのサイズなど、報道の仕方には問題があった。メディアが当局側に利用されており、メディアは注意しなければならないというシグナルであったと思う。

 多くのメディアが(第一発見者の警備員)リチャード・ジュエル氏の精神面でのプロフィルや、いかに疑わしい素行をとる人物であったかなどの報道に走り、編集者は“ニュースを発行しなければという焦りに駆られてはならない”という事を忘れてしまった。

 米国では報道機関と警察の関係は読者が考えている以上に密接で、それは危険でもある。現在でも正式に告発されるまでは匿名報道という原則は変わらないが、今回のようなケースでは例外だ。(連続爆弾犯の)ユナボマーのケースでも同様で報道しないわけにはいかなかった。

 ニューヨーク・タイムズ紙はアトランタのケースでは面白い選択をし、「FBIによると……」という当局を情報源として引用するやり方ではなく、「アトランタの新聞によると……」という書き方をした。これは他の報道機関と異なり、正しい選択であったと思う。ジュエル氏の名前は報道したが、容疑者扱いすることはなかった。

批判殺到した96年大統領選の紙面

 ――現状の政治報道の問題点は何か。

 報道機関が以前に比べ権力寄りになっているという否めない事実がある。特に首都ワシントンではスター記者の存在のみならず、権力を持つジャーナリストが出てきて体制側と近くなってきており、公(おおやけ)の利益に対する憂慮の種となっている。

 市民は、完全に利害関係からはなれて独立して公の利益を代弁する者がだれもいないと考えているが、こうした声に私たちはもっと耳を傾けるべきである。

 (米国の場合)市民の側から見て、報道機関は、権力のみならずだれに対しても非常に批判的と映っているが、私たちの側からするとそうした監視機能は非常に大切である。

 ――選挙報道における偏向批判にはどのようなものがあるか。

 米国では「報道」と「論説」は明確に分離している。そのうえで、選挙報道において読者が不公平だという印象を受けるケースが一番多いのは写真である。しかし、偏向というのは見るものの主観の中にあると言え、報道機関がだれに関するどのような写真を載せても、だれかしらからは不公平だという苦情がくる。そういった意味では全員が報道被害者であり、被害者意識があるため、だれもが納得のいく報道というのは無理だと思う。

 一九九六年大統領選挙の際に、ドール氏が演壇から落ちた写真が報道されたことがある。どうしてあんなひどい写真を載せるのかという意見と、落ちたのは事実なのだからこれはニュースだという意見に分かれた。一面トップで報道したためドール氏が撃たれたと勘違いした人も多く、記録的な量の苦情が殺到した。

 ――どのメディアも同じようなニュースを流す背景にある横並び志向(パック・メンタリティー)の問題をどう考えるか。

 市民にとってもメディアにとっても大きな問題だと思う。私としては、これは米国のジャーナリズムの過ちというよりも市民の要求を反映した結果であり、それだけ市民がそのニュースに関心があるということだと思う。一つの事件であっても多くの記者がいろいろな角度から報道することは大切である。

 しかし一つのニュースの報道に集中した結果、他の重要なニュースやそうした重要ニュースのその後の展開を見逃してしまう傾向があるのは問題である。例えば米国の保険制度が重要な局面を迎えた時には大きく報道したが、それ以降、より丁寧に報道・分析し続けることがなかった。

 また、政治報道のジレンマは、直接的な報道と分析(論説)を適切に立て分けながら、私たちが真実と思ったことを報道する難しさにある。また、(横並び報道への)市民からの苦情の多くは、私たちが皮肉すぎて政治家は本音を言わないと考えているので、政治家の言ったことをそのまま伝えてくれというものだ。

 ――新聞は世帯当たり購読数が落ちており、その影響力も他メディアと比べて落ちていると言われる。また、何がニュースかは自分たちが決めるといった傲慢(ごうまん)さが批判されているが。

 私が働き始めた頃、米国人の約七五%が毎日、新聞を読んでいたが、現在では五〇%に落ちている。しかし、他のメディアと比べて新聞の影響力が落ちているかといえばそうではない。例えば、アイオワの新聞社に勤めていた際に州内を取材旅行してテレビ局などに行くと、どこのデスクにも新聞が置いてあった。

 どのメディアも多かれ少なかれ影響力が落ちてきていると思う。例えばテレビの三大ネットワーク(CBS、ABC、NBC)も、かつてはもっと大きな影響力があった。どのメディアもどんどん細分化してきている。ニュースはテレビからくるという人もいるが、私は新聞はまだまだ影響力が大きいと思う。

 謙虚さを取り戻す重要性に関しては私も強く感じており、「傲慢について」という社内メモを書こうと考えている。

取材メモ/“目付役”にふさわしい見識

 オーバーホルサー氏の印象は、圧倒的な集中力の持ち主だということ。それにしても、ライバルのニューヨーク・タイムズ紙論説委員の経歴を持つ人物をオンブズマンに迎えたポスト紙の度量はさすがだ。ピュリッツァー賞審議会議長を務めるなど米国報道界全体の指導者の一人でもある。  最後に、松本サリン事件のように一人の重要参考人に容疑が絞られ、他の可能性が無視された場合の報道のあり方が話題に。氏は絞り出すように「本当の意味で私達は独立しているとは言えず、横並びの報道に走ってしまう。独立性、主体性のあるメディアがどこかに存在していることを期待するしかない」と。日本への痛棒でもあると思った。



略歴 Geneva Overholser ノースウェスタン大学ジャーナリズム大学院卒。全世界の優秀な記者に与えられるハーバード大学ニーマン奨学生の経験も持つ。ニューヨーク・タイムズ論説委員などを経て1988年から95年までThe Des Moines Register紙編集長。彼女の下で同紙は、アイオワ在住の女性がレイプされた事件に関する一連の報道によりピュリッツァー賞を獲得した。このほか全米報道基金ジャーナリスト・オブ・ザ・イヤー賞やガネット最優秀編集者賞など受賞多数。ピュリッツァー賞審議会議長も務める。


ワシントン・ポスト紙
ウオーターゲート調査報道で著名/米国を代表する高級紙

 一八七七年、米国の首都ワシントンで創刊された日刊新聞。一九七一年の国防総省ベトナム機密文書の暴露報道では、先行したニューヨーク・タイムズ紙に歩調をそろえ、ベトナム戦争に対する世論の転換に影響を与えた。七二年からのウオーターゲート事件では、先頭に立って全容を解明、ニクソン大統領訴追のキャンペーンを張り、辞任に追い込んだ。ニューヨーク・タイムズ紙と並び米国を代表する高級紙として世界的に著名な新聞である。
 ポスト紙の評価を世界に高めたウオーターゲート調査報道は、取材に当たった若き二人の記者(B・ウッドワード、C・バーンスタイン)の共著『大統領の陰謀』に詳しい。
 「驚いたことに、あの社主(レディー)が刑務所にはいると言ってるんだ!(中略)憲法が保証する言論の自由を守るために」――レディーこと、ワシントン・ポスト社主キャサリン・グラハム氏は、どんなに圧力をかけられても事件追及の手は緩めないと宣言。権力の暴走を監視し、報道の使命を果たしたドキュメントは感動的。
 『大統領の陰謀』は映画化され、ビデオにもなっている(ワーナー・ホーム・ビデオ 税別2480円=写真)。

オンブズマン制度
読者代表として内部を批判

 一九七〇年に発足した、米国で最も古い新聞オンブズマン(代理人)制度の一つ。ポスト紙のオンブズマンの特色は通常、社外の人物から選ばれることで、確固とした個人の意見を持った人物であることが条件。任期は二年。本人およびポスト社相互の合意によって一年延長も可能。
 発足時のポスト紙オンブズマンの主な役割は社内批判に。米国で、ちょうど報道機関の信頼性が問われていた時期でもあった。報道機関が内部批判機能を持って自らに対する「ウォッチ・ドッグ(番犬)」役をも務めているという信頼を与える必要があった。現在では「読者の代表」としての機能が重要視されている。