

(1999年1月30日付)
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「冷戦後同盟」から「21世紀同盟」へ脱皮を志向せよ 軍事の比重を減じ、沖縄問題の解決はかれ |
今通常国会で、新しい日米防衛協力のための指針(ガイドライン)関連法案をめぐる論戦が繰り広げられている。まさに、冷戦終結後の国際情勢の変化に対応した日米安全保障条約のあり方、二十一世紀を展望した日米関係が問われているといってよい。ここでは21世紀の日米関係を考える」と題し、日米両国の識者に話を聞いた。第一回〈上〉は、軍事ジャーナリストで東京国際大学教授の前田哲男氏。(聞き手=野山智章記者)
――第二次大戦終結から五十四年、東西冷戦終結から十年――。二十一世紀へむけて日米関係をどう考えるかということが議論の基底になると思いますが……。
今に続く日米同盟の形は、日本の敗戦、アメリカの占領という形で始まった。冷戦期の同盟は対ソ同盟であり、反共のための同盟であった。目的、目標がはっきりしている同盟は維持しやすかったが、冷戦が終わってみると同盟は目的と目標を喪失(そうしつ)し、いろんな場所で変容しつつある。東側の同盟はまさに崩壊した。西側の同盟も変質を免れない。そういう中で、二十一世紀に向けた日米関係をどう考えていくのかということを迫られている。
――日米安全保障条約に基づいた“同盟関係”の変容のあり方を真摯(しんし)に考える時期に来ているというわけですね。
わが国は憲法を採用するにあたって、軍事力によらない安全保障を憲法前文に刻み込んでいる。そういったものを先取りして発信していくというのも一つの同盟進化のあり方だと思う。つまり、冷戦後の世界は軍事中心の同盟ではなく、我々が持っている憲法理念を冷戦後の環境にあてはめて発展させていくという考え方です。
世界は安全保障、同盟という協力を基調としながらも、そこに占める軍事的役割というのは低下する方向にある。安全保障の概念自体、激しく変わりつつある。そうしたことをベースに同盟の“進化”を考えるべきだと思う。
日本はアメリカに守ってもらう代わりに、沖縄(の米軍基地)を差し出している。あるいは横田、横須賀(の基地)……。これからは固定的な軍事基地の持つ意味はだんだん小さくなる。縮小すべきだし、できると思う。そういう中で日米関係を維持しながら、軍事力をミニマム(最小)にした同盟関係をどうつくっていくかだ。
――冷戦後、アメリカ本土においても基地が縮小され、フィリピンの米軍基地はなくなった。日本だけが現状維持であり、とりわけここ数年、沖縄問題がクローズアップされてきました。これは日米関係が“進化”していない証拠だと指摘する人もいます。
全くそうです。同盟はそのままあるから盤石というものではない。ダイナミックに動いても信頼関係があれば維持されていく。日本政府のやり方は、とにかく米軍の権益を維持して保障する、それが同盟の最大の条件と考えていて、沖縄問題にも端的に現れている。
たしかに米国政府は日本に感謝するでしょうが、かといってアメリカの国民と日本の国民の間の信頼関係は強固な同盟を支える世論にはならない。日米同盟関係を維持することのみにかまけてきた日本政府の姿勢は、やはりどこかで改められるべきだと思う。
――新ガイドラインの決定に至る、いわゆる日米安保の再定義をどう見られますか。
一九六〇年から七八年までガイドラインはなかった。七八年ごろというのは米ソの軍拡史の中で見ると、ソ連の海洋核がオホーツク海に現れて、そこからアメリカ本土を直接核ミサイルで狙う時期。そういう中で最初のガイドラインができた。七八年ガイドラインは専守防衛型のガイドライン。言ってしまえば、日本に対する攻撃がなければ作動しないガイドラインだった。
そこを通り越して、アメリカがはっきりした形で安保再定義を言いだしたのは、九五年二月のジョセフ・ナイ国防次官補(当時)の「東アジア太平洋戦略報告」からです。ソ連という敵に代わる、とりわけ中東・極東の二カ所における大規模地域紛争にいかに対応するか。そういう問題意識の中から安保の再定義がでてきた。
問題は、九五年から九七年の新ガイドライン決定までの期間、日本政府側からは、ほとんど何も発信していないことです。アメリカの言っている大規模地域紛争に対処する日米安保の再定義は、従来型のガイドラインとは全く異なるものだ。日本以外の場所での戦闘行動に関与するというふうにならざるをえないわけで、アメリカにずるずると引きずられてしまった。当然、日本政府の方から見ると、従来の憲法や日米安保条約に関する解釈や統一見解から逸脱したものが出てくる。
――具体的にガイドライン関連法案の中身についてご意見をうかがいたい。まず、「国会の承認」を要件とすべきか否かが争点となっていますが……。
国会承認に関しては、可能性としては、(1)事後の報告、(2)事後承認、あるいは(3)事前承認、の三通りあるわけで、政府はたぶん事後承認あたりで妥協してくるつもりでしょう。でもそこで満足していたのではどうしようもない。
自衛隊法七六条に定められた、自衛隊が国土防衛のために戦うための防衛出動でさえ、国会の「事前承認」を要件としておきながら、日本の領土の外で他国の戦いの手助けをするときに「事後承認」でいいという言い方はおよそ整合性を欠き、矛盾以外の何ものでもありません。当然、「事前承認」にすべきです。
――「船舶検査」についてはどうですか。
これは、「臨検(りんけん)」という言葉で説明されればイメージはわいてきますが、あれは国際的に確立した解釈があって、威嚇(いかく)し、警告した後、それに従わなければ、場合によっては撃沈することもある。臨検というのはそこまでいくんです。だから船舶検査というふうに新しい概念を作らなければならないが、船舶検査というのは何のことか分からない。
――「周辺」の地理的な定義も争点ですが。
かつて戦車を“特車”といったような、日本語の言い換えが随所で行われている。“周辺事態”もその一つです。政府や外務省は当初、「これは地理的概念ではない、事態の性質に注目したものである」と言う。それなら文部省は、外務省と防衛庁に抗議しなければいけない。国語審議会なんて、日本語を正しく使わないとうんざりするほど文句を言うのに、こういう形で日本語が乱されていることに対しては文句を言わない。こんな言葉遣いの法律というのは根本的によくないんじゃないかと私は思うんですね。
【ガイドライン】
「日米防衛協力のための指針」のこと。旧指針は一九七八年十一月に作成され、現行の新指針は九七年九月にまとまった。指針は、日米安全保障条約の中の軍事協力(第五条と第六条)のあり方について、両国が具体的に研究する際の指導書になる。日米両国は九六年四月の「日米安保共同宣言」によって日米安保条約の運用の重点を第五条から第六条に移すことに合意、旧指針の見直しも決めた。
略歴 まえだ・てつお 一九三八年、福岡県生まれ。長崎放送記者を経て、七一年からフリーの文筆活動に。九五年から現職。冷戦後のアジア安全保障、PKO活動の実態、米軍基地の実態など、防衛・軍事問題を精力的に研究している。著書に、『武力で日本は守れるか』『戦略爆撃の思想―ゲルニカ―重慶―広島への軌跡』『自衛隊は何をしてきたのか?』『日米軍事衝突の構造』など多数。