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「アジア 危機の構図」の現在 エネルギー問題から見た安全保障の行方 経済成長が太平洋の平和脅かすジレンマに 国際政治の焦点は日米アジア三角関係(トライアングル)の安定 |
(1999年8月15日付)
アジア通貨危機の引き金となったタイのバーツ引き下げから二年――アジア経済は再び 活況を呈し始めている。ここでは、エネルギー安全保障の観点から「アジアの成長と豊か さそれ自体が太平洋の防衛を危うくする中心的な理由である」とのショッキングな問題提 起を行い、「成長・エネルギー不足・軍拡という危険なトライアングルは、冷戦後の戦略 地政学的状況の中でアジア、そして太平洋全体を不安定化させずにはおかない」と警鐘を 鳴らしている政治学者のケント・カルダー博士(現在、トーマス・フォーリー駐日米国大 使の特別補佐官)に、日米アジアの安定と平和について話を聞いた。(聞き手=野山智章 記者)
――博士が九六年に出版した『アジア 危機の構図』(第九回アジア太平洋賞受賞)で は、今後二十年の国際関係の大きな命題は日米アジアのトライアングル(三角形)が安定 するかどうかであると断じられています。とりわけ「エネルギー不足はあまり知られてな いが、致命的な問題であり、波乱を呼ぶ要因となる。北東アジア諸国の原子力志向を加速 させる一方、中国が本格的海軍力を整備するにつれて各国の海軍に対立関係が生まれ、南 シナ海で起きているような沿海の埋蔵資源をめぐる緊張も高まるからだ」との指摘は示唆 深いものがあります。出版から三年を経た現在、何か付け加えることが必要とお考えです か。
そうですね、特に次の四つが大事だと思います。
第一にアジア通貨危機は、経済成長のスピードを落とし、たしかに一時的な影響を生み
ました。エネルギー需要の拡大が一年半か二年ぐらい遅くなったと思います。ただし、再
度、通貨危機がないかぎり、需要の方はその程度しか影響はないでしょう。
エネルギー供給の方は、通貨危機の前よりも少なくなりました。たとえばロシアのイル
クーツク、バイカル油田、あるいは南シナ海の天然ガス油田などは需給関係の見通しが不
確実なために開発を先延ばしにされました。そうすると長期的に見て需給バランスは、通
貨危機がなかったよりも悪くなったかもしれないと考えています。
どういう意味かと言うと、中東の石油に対する依存度が高まってきます。例えば九八年
に日本が輸入した原油の八五・五%は中東から来ました。九六年の場合、それは八〇%で
した。通貨危機による不確実な状況が、中東依存度を高めたのです。
第二に多くの国の防衛予算の面で、状況が幸いによくなりました。特に東南アジアの場
合、防衛予算が前にくらべてそれほど伸びてないのです。これは財政が破綻しているため
に武器を買う余裕がないということでしょう。
第三に、この本を書いた時にくらべて北朝鮮の軍事技術の進歩が予想よりも早い。昨年
夏のテポドン・ミサイルの発射は多くの人が予想しなかった。
第四に、世界のエネルギー市場が流動的になっています。それと、日本の場合も、高齢
化社会の福祉のニーズとかいろいろあって、エネルギー安全保障のために使える国の予算
が少なくなっています。これから十年以内に石油危機が起こる可能性はかなりあると思い
ます。エネルギー安保は大事だと思いますが、七〇年代の二度の石油ショックの頃とは異
なりエネルギー環境は変わっていますから、石油備蓄に限定せず、天然ガス、原子力、石
炭と多様化する方が効果的だと思います。
――十年以内に石油危機が起こる可能性があるというのは、たとえばどういう事態を想 定されたものですか?
今、世界の原油の四〇%程度が中東のアラビア湾岸諸国に依存しています。それが次の 十年間で四五%以上になり、五〇%に近づいてくる。歴史的に見て七〇年代に二度の石油 ショックがあったのは、アラビア湾産原油の割合が四五%を超えたときでした。価格決定 力を握りやすくなり、生産者側のカルテルづくりが楽になります。必ずとは言えませんが 、石油危機の危険性が十年以内に高まる気がします。
――日米同盟のアジアにおける位置づけですが、ガイドライン関連法に敏感な反応を示 している中国にどう配慮するべきか。また、TMD(戦域ミサイル防衛)に関連して、こ れまで日本が“持てない”とされてきた偵察衛星を所有する道が開けてきたことへの評価 についても、お聞きしたい。
大切なことは、日米同盟の信頼性だと思います。コーエン国防長官も主張していたこと がありますけれども、たとえば北朝鮮のミサイルがもっと正確になれば、在日米軍に対す る脅威は強くなってきて、将来、対空ミサイル防衛がもっと大事になってくる。北朝鮮の ミサイル開発にともない年々、重要になってくると予想します。
――七月下旬のコーエン国防長官の来日の際、一つのニュースとして、日本がいわゆる 軍事衛星を独自に持つということについて一定の理解を示した、とのことですが。
これは日本政府の決断ですが、注意深く取り扱われることを期待します。当然、米国は 同盟国として日本の安全保障には緊密に協力したいと考えています。その協力の一つの形 として長官は「理解」を口にしたのだと思います。この事柄は、共同防衛のために何が一 番効率的なのか、それを見極めることが重要なのではないでしょうか……。
私たちの根本的な政策は、簡単に言えば「一つの中国」です。かつ話し合いによる平和 的な解決を望んでいます。ですから、それと矛盾する動きについて、米国政府は従来の原 則を堅持しているというほかありません。
――中国も、今回のアセアン地域フォーラム(ARF)で東南アジア非核地帯の実効性
拡大に貢献したことに端的に表れているように、シー・レーン(海上航行路)の確保とい
う意図はあるものの、アジアの地域問題について協調的な外交政策を重視していることを
アピールしています。南沙諸島など問題は残っていますが、このような中国の協調路線が
続けば、必ず何らかの地域的信頼醸成につながるものと考えますが。
協調的な外交政策は当然歓迎します。米国も域内の安定とシー・レーンの自由を主張し
ています。南シナ海を舞台に軍拡競争を行うことは結局、どの国にもメリットをもたらし
ません。むしろ、経済相互依存が高まってくれば中国は友好的な道に入る可能性が強くな
るのではないでしょうか。
中国は、非軍事的な面でも世界にとって重要です。環境問題一つをあげても、二酸化炭
素の排出量や酸性雨の問題など、大変重要な国です。
それとエネルギー需要でちょうど、『アジア 危機の構図』に書いているように、九三
年に石油の輸入国に転じて以降、輸入量は年々、増加しています。輸入国としては十五年
以内に日本と同じぐらいになるかもしれません。十数億の人口を有する中国の省エネ政策
、環境政策、あるいは食糧問題の世界に与える影響の巨大さは銘記されるべきです。特に
、十年以上先になると大変重要になります。
――現在、米中関係は大変に冷え込んでいます。
今、米中関係を複雑にしているのは、ご承知のようにユーゴスラビアの中国大使館への
誤爆問題をはじめ、WTO加盟、台湾問題、朝鮮半島、更には人権問題……これらを総合
的に見なければならないと思います。今は、米中関係にとって大変微妙な時期です。長い
目で安全保障の枠組みを確保しながら関係を安定させることが米国の最大の関心事です。
冷戦後の十年間にわたる米国とロシアの交渉で、両国の核弾頭の保有数は半分以下に減
らされ、今後のSTART(戦略核兵器制限条約)IIの交渉いかんでは、更に核軍縮が進
みます。中国はこうした変化を評価すべきです。
――人権問題といえば、九八年秋に米国議会で全会一致で成立した「国際信教自由法」 (IRFA)は、宗教迫害を容認している外国政府に対して制裁を科すものです。中国政 府の対応については米国はどう反応するでしょうか?
重要なポイントですが、しかし全体の中で見ないと駄目だと思います。ご承知のように 米国は一貫して人権外交を主張しています。一般論としては、「法輪功」も含めてそのよ うなグループを抑えたりするのはよくないと思って見ています。
――アジアでは、戦後半世紀を経ても、いまだハブ(車軸=米国)とスポークス(輻〈 や〉=アジア各国)の二国間の関係が主力となっています。経済大国日本が国際政治上の 極として「多角的安全保障協力」に取り組むことと、今後の日米同盟との折り合いについ てどう考えますか。
ブッシュ政権時にハブ&スポークスは米国の中核的な政策でした。クリントン政権にな
ってからは、日米安保を重視した上での多国間主義的な枠組みの発展が望ましいと主張し
ています。九三年のウィンストン・ロード国務次官補の議会証言以降、明確な変化がある
と思います。
とにかく、アジアの平和を考える場合、まず柱としては、今の時点では日米安保しかな
い。なぜならば、ここには実際の抑止力が存在するからです。地域の安定のためには、有
事の際に弾力的に反応できる、そういうメカニズムが絶対に必要です。しかし、その上に
多国間のメカニズムをつくれば信頼醸成に役立つ点は大いにあると思います。
――政府間のパイプ以外に民間の役割についてはどう見ますか。
北東アジアの将来の安全保障の枠組みは複雑で、個別組織をたくさん作るようになると 思います。KEDO(朝鮮半島エネルギー開発機構)を中心とする米朝の枠組みはその代 表的なものです。これは、トラック1(政府間)ですが。トラック2(民間)の役割はも ちろん大事です。
私はこれまで七回、沖縄を訪れました。大使特別補佐官に就く直前の九六年の初めには
、沖縄の女性グループをプリンストン大学へ招聘(しょうへい)し、講演していただきま
した。さまざまな方から話を聞いて、沖縄の抱える問題の重みを多少は理解しています。
とりわけ普天間基地は、住居の密集地域に隣接しており、万一の事故の際は心配です。
その観点からも移転すべきだと思います。九六年のSACO最終合意協定はまさに、その
ようなことに影響され、米国と当時の橋本首相の提案とは一致しました。幸いにSACO
合意で実現している事柄も十件以上あります。例えば、県道越えの実弾射撃演習を大分県
の日出生台(ひじゅうだい)に移したこととか……。
沖縄が日米共同の安全保障にとって戦略的に重要な場所であることは否定できません。
しかし、沖縄は在日米軍基地の七〇%もが集中していることで、住民には負担がかかって
います。ですから、これは主に日本の国内問題ですけれども、米国も今後とも沖縄との友
好的な関係の醸成に努力すべきと思います。
具体的に言えば、もうじきアメリカン・センターを沖縄で開く予定で、フォーリー大使
も開会式に参加します。こうした文化交流、安全保障関係以外の交流を、もっと深くすべ
きで、いくつか具体策を検討しています。
略歴 Kent E. CALDER 1948年、米国ユタ州生まれ。72年、ハーバード大 学に進み、エドウィン・ライシャワー教授(元駐日大使)のもとで日本の政治経済を研究 。79年、政治学博士号を取得。プリンストン大学日米研究所長、ワシントンDCの戦略国 際研究センター(CSIS)日本部長を歴任。96年から現職。淑子夫人(日本人)との間 に1男1女。著書に『天下りの研究』『脱米国の時代』『自民党長期政権の研究』『戦略 的資本主義』など多数。