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21世紀の日米関係を考える

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21世紀の日米関係を考える<特別編>

吉川元・神戸大学教授に聞く



NATOの“周辺事態”コソボ介入


アジアに“共通の安全保障”の枠組みを


(1999年7月3日付)



 北大西洋条約機構(NATO)軍のユーゴスラビア連邦に対する空爆が六月十日、コソボ自治州からのユーゴ部隊の撤退開始を確認して終わった。七十九日間にわたった空爆は、域外への軍事介入も辞さずとしたNATO新戦略概念を実行するものとなった。周辺有事を想定した、新しい「日米防衛協力のための指針」(ガイドライン)関連法を制定した日本にコソボ紛争は何を示唆しているか――欧州の安全保障問題に詳しい吉川元・神戸大学教授に聞いた。(聞き手=野山智章記者)

OSCEについて

 欧州安全保障協力機構(Organization for Security and Co‐operation in Europe)。一九九四年十二月、ブダペストで開催されたCSCE(欧州安全保障協力会議)の首脳会議において名称を変更し、紛争予防・解決の実行力を伴う組織に脱皮させ、地域安全保障機構とすることが決まった。

 前身のCSCEの発足は七五年。

NATO新戦略概念

 NATOは今年四月二十四日の首脳会議で、欧州・大西洋地域や周辺の紛争を加盟国の安全を脅かす危険要因とみなし、紛争の抑止や「危機対応」の軍事作戦を二十一世紀のNATOの主な任務とした新戦略概念を採択した。半世紀前、ソ連の脅威に対抗する集団防衛組織として発足したNATOは、ユーゴ空爆を追認する形で、域外紛争にも介入する軍事同盟に性格を変えた。


日米同盟とNATOの違いとは?

 ――コソボ紛争は、NATO諸国のいわば“周辺事態”でしたが介入しました。日本はいかなる教訓をくみ取るべきか?

 本来、NATOは集団的自衛権行使のための軍事機構です。ところが今回のコソボ介入では、NATO加盟国が軍事的になんら脅威を受けていないにもかかわらず軍事力を行使した。そういう意味で、周辺事態の中身が日本に直接かかわるような軍事的な脅威でなくても、今回のNATOと同じように米国が軍事力行使に踏み切ると、日本も後方支援等に協力を検討するという意味では、我が国にとっても一つの示唆を与えてくれるものと思います。

 ――日米同盟とNATOの違いは何か?

 一番大きな違いは、日本を取り巻くアジア地域の国際関係には、昔ながらの、国家が力で安全を守るのだという考えが支配的で、今回コソボで起こったような、主権国家の内部での民族浄化といった問題が、他の国にとっても脅威であるという考えがまだ共有されていないことです。まして、それが(アジア地域の)共通の安全を脅かすものだという原則も合意も出来てない。他方、NATOでは、コソボ問題は原則的に欧州問題なのです。

 欧州では、きちんと政府間で合意があり、話し合うフォーラム等があって協議体制は出来てます。日米安保の問題点は、おそらく何が有事かという「有事」の理解を米国が単独で行い、日本が追従する形になることです。私は十年以上前から、アジアに多国間で、共通の安全保障をつくるための枠組みづくり、原理原則づくりをすべきだと主張してきました。現状は、そういう方向ではなく、依然として日米安保体制が変容しながら生き延びようとしている。

ビンの蓋論と中国との関係が難題

 ――米国の政策担当者らは「多国間主義は平和を維持したことはなく、同盟の代替(だいたい)になりえない」と主張しているが。

 私自身、欧州多国間主義の研究をしてきたので、米国の立場がよく分かるのですが、米国は基本的には二国間主義です。覇権を維持し、影響力を行使するためには多国間主義では思うようにならない。なぜなら、多国間主義は対等な立場で参加して協議しますから、大国といえども専横にはなりえないのです。欧州の多国間主義をつくる過程でも、米国は消極的でした。

 しかしながら欧州では、徐々に米国も多国間の枠組みに引き込まれていった。具体的にはOSCE(欧州安全保障協力機構)です。その結果、今では欧州の国際関係においては国家間戦争は起こりようがないぐらい、協議システムと信頼醸成の仕組みができています。そういう意味で、多国間システムが平和を維持したことがないというのは、実態と全く異なるわけです。

 ――多国間安保のシステムがアジアに根付かない理由は何か?

 米国は以前にもジョセフ・ナイ(元国防次官補)が「アジアに多国間システムは導入しない」と言っています。その理由はいくつかありますが、まず中国の存在があります。米国は中国と一緒のテーブルに着きたくないこと。また、二国間システムは事実上の主従関係です。超大国が同盟国をある程度、自由に操れる利点があるので、米国は日米安保に代わる多国間システムはつくりたくない。

 もう一つの問題は、いわゆる「ビンの蓋(ふた)論」です。すなわち、日米安保が壊れれば、日本の軍事大国化への恐怖から、中国を含めた周辺各国がパニックに陥る。よって日米安保が大事だと。これは米国の軍事プレゼンス(駐留)を正当化する論拠になっています。しかし、一国の安全を求めることが周辺国にとって脅威に映るという「安全保障のジレンマ」を真に克服するには、やはりアジアでも「共通の安全保障」を考えるしかない。

軍事力を透明化する試みに注目

 ――「アジア共通安保」のビジョンとは?

 日本が中国を含めた安全保障の多国間システムをつくっていくべきだ。欧州では今、「軍事安全保障に関する行動規範」をつくっています。軍事活動の領域も、防衛予算、新しい武器の生産並びに配置等すべて透明にしている。モデルになりうる試みでしょう。

 EU(欧州連合)の発展は、もともと独仏が、一緒の共同体になる以外に、もはや戦争を防止する方法はないと見極め、経済共同体、政治共同体づくりを考えた。まさに安全保障共同体づくりの歴史でもあるわけです。

 いかに恒久的な平和を実現するかを考えた場合に、もう選択肢は決まっているわけです。勢力均衡でもなければ同盟でもない。やはり、多国間システムで安全保障共同体をつくっていくべきです。われわれは将来のことを考え、より人間にとって安全で、平和な国際社会づくりを選ぶ以外にない。そういう意味で、日米同盟の在りようは根本的に変えて行かざるを得ないと思います。


取材メモ
創る平和へ、軍事力を必要としない構造こそ
 「祈る平和ではなく、創(つく)る平和への指針をOSCEは示している」――これが吉川教授の持論である。二度の世界大戦という惨禍をなめた欧州では、人権の尊重を国際関係の原則として確立しようとし、民主的で人権が尊重される国際社会の建設に努めることで、地道ながらも共通の安全を築き上げた。

 吉川教授の四百六十五ページに及ぶ大著『ヨーロッパ安全保障協力会議(CSCE)』のまえがきには、次のような記述がある。「私が生まれ育った広島では、核兵器の廃絶を願う『ヒロシマの心』の世界化が叫ばれ続けてきた。こうした平和主義の目的の正当性は疑うべきもない……しかし、こうした伝統的な平和主義は、祈りに近い平和主義であり、……そもそも軍事力を必要としないような国際政治構造の実現に取り組もうとする積極的な発想を欠いているのではないか」

 インタビューを通し、今こそ日本の外政に「欧州の知恵」を生かすべき、との氏の熱い思いが心に残った。



略歴  きっかわ・げん 1951年、広島県生まれ。専攻は国際関係論。上智大学外国語学部卒業。一橋大学大学院博士課程を修了。広島修道大学教授を経て現職。この間にロンドン大学(LSE)国際関係研究センター客員研究員(92〜93年)。著作に『ヨーロッパ安全保障協力会議(CSCE)――人権の国際化から民主化支援への発展過程の考察』など、共著に『講座政治学V・国際関係』などがある。