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日本は危機管理の効果的なシステムの開発を 沖縄から海兵隊の大幅削減は可能 |
(1999年6月19日付)
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ブルッキングス研究所について
第一次大戦直後の一九一六年に設立された政策シンクタンク。その成果が大学の教科書 として通用するほどの学問的な質の高さと、経済・安保・外交から都市問題、教育改革ま で研究対象範囲の広さで知られる。特に六〇年代以降、ブルッキングス研究所は民主党と の太いパイプを活用し、ワシントンの政策決定に大きな役割を果たしてきた。現在の所長 は、元駐日米国大使のマイケル・アマコスト氏。 |
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モチヅキ氏の「海兵隊撤退論」について
「米海兵隊は沖縄から撤退せよ」――同僚のマイケル・オハロン氏と共同執筆で『ブル ッキングス・レビュー』九六年春号に掲載されたモチヅキ氏の論文は日本のマスコミにも 大きく報道された。当時の大田沖縄県知事が同論文の「海兵隊がハワイか米本土まで撤退 しても有事には空輸で対応でき、戦略上の支障はない」とする内容をしばしば引用したこ とは有名。 「沖縄の米海兵隊員による少女暴行事件は、日米同盟体制の弱体さを露呈することとな った」「沖縄には日本国内の米軍施設の約七五%があり、四万五千将兵のうち二万九千人 が駐留し、うち約二万人が海兵隊員である。頻繁な射撃演習や軍用機の低空飛行による日 常生活の妨害に県民は耐えてきた」とし、撤退の選択が日米同盟の強化に必要と主張した 。 ただし、海兵隊撤退の前提として、日本政府が集団的自衛権に関する憲法解釈を見直し 、極東の地域紛争に際しては自衛隊が海兵隊の機能を代替し、かつ米軍とともに積極的な 役割を果たすという条件をつけている。その意味で氏は「大田知事の引用は“つまみ食い ”」と語っている。 |
――米国から見て、日米安全保障条約が果たしてきた役割と効果をどう評価するか?
ご承知の通り、私は日米安全保障条約の役割を、非常に積極的に評価しております。冷 戦時代、日米安全保障関係は東アジアに共産主義が広がるのを封じ込めるのに役立ちまし た。また、日本にとっても経済の再建と成長に専念できる良き戦略的な枠組みとなりまし た。
冷戦後においても、日米安全保障関係は、引き続きプラスの貢献をするものと信じてい ます。共通の敵や脅威がなくなったにもかかわらず、日米間に(軍事)戦略的競争や紛争 の発生がありえないのは、一つにはこの安全保障関係のおかげです。つまり、(安保条約 を主軸とした)二国間の安全保障協定が、日米間の相互の安全保障のみならず、相互の信 頼性までも促進してきたのであり、これからもそうあり続けるでしょう。
更に、日米安全保障条約は、他の東アジア諸国に安心感を与えます。つまり、米国はこ れからもこの地域の安全保障に関わって行くだろう、そして、日本が域内の安全保障に貢 献することは、脅威ではなく、建設的だと受け取ります。米国としても、日本との忠実な 同盟体制があるからこそ、日米安保条約のない場合に比べて、大幅な低コストで、ずっと 効率良く、効果的に、この地域の安全を追求することができます。
私は、冷戦後の日米安全保障関係は次のように発展していくべきだと考えております。
まず、日米間の防衛協力を強化して、日本は、米国の、より積極的な同盟国になるべき です。しかしこの過程において、日本は、同盟体制の構造や機能に関してもっと発言権を 持つべきです。日本は共同防衛作戦に「イエス」と言う勇気を持つとともに、米国に対し て「ノー」と言う権利も持つべきです。
二つ目として、日米同盟が強化されて、域内安全保障における日本の役割が大きくなれ ば、米国は沖縄における駐留軍(軍事プレゼンス)を削減すべきです。それによって、沖 縄県の負担をいくらか軽減することができます。私としては、沖縄駐留の海兵隊の劇的な 削減(完全撤退ではないにしても)を奨励します。
三つ目に、米国は、アジア・太平洋諸国との二国間同盟から、徐々に、アジア太平洋の 民主主義諸国との多国間同盟ネットワークの構築の方向へと進んで行くべきです。最終的 にはこうした変化によって、日本は、国連憲章や日米安全保障条約で確認された、個別及 び集団的自衛権を行使することが求められていくでしょう。
現時点では、緊急に、二国間協定を公式に修正する必要はないと思います。この協定文 書は柔軟性がありますので、冷戦後の時代にも適応することができます。しかし、やがて は、我々は協定の修正を真剣に検討して二国間の安全保障関係を均整(きんせい)の取れ たものにして行くことになるでしょう。
私は最近の新しい日米防衛協力の指針(ガイドライン)実施のための関連法案が成立し たことを強く支持します。しかしこれは、地域の安全上の偶発(ぐうはつ)事件が起こっ た時、両国の安全保障関係が有効に働くための、ほんの第一歩に過ぎないと考えます。日 米は今後、作戦レベルでの共同防衛計画に焦点を当てて行かなくてはなりません。また、 日本は、有効な危機管理システムを開発する必要があります。やがては、同盟のための合 同の指揮構造を組み立てることを真剣に検討すべきだと思います。
東大留学時代に創価学会も調査
五月十七日夕、来日していたモチヅキ氏と都内で二時間あまり懇談する機会があった。 氏は知日派の学者として日本の各界に友人を持ち、また、米国人の日本研究者からも信頼 の厚い人物であると伝え聞いていたが、深い学識とともに、人格的な芯(しん)の強さが 印象的だった。
一九六九年、ブラウン大学の医学コース二年に属していた氏は、駐日大使から帰任した E・ライシャワー氏のベトナム戦争反対スピーチに強い感銘を受けた。即座に、米国のア ジア理解を深めるために政治学へ転身。学内のアジア系米国人学生を組織し反戦運動に関 わり、良心的兵役忌避(きひ)者にもなったという。
懇談のなかで、氏が七四年から二年間、東大法学部に留学していた折に「日蓮系教団の 政治行動」について調査研究を行い、「東京・杉並区の創価学会メンバーと親しく語り合 い、創価大学も訪問しました」とのエピソードを披露してくれた。
なお、この記事は氏の帰国後、電子メールをやりとりして作成した。
略歴 Mike Masato Mochizuki 1950年、金沢市生まれの日系3 世。出身地はテキサス州。ブラウン大学政治学科卒。82年、ハーバード大学で政治学博士 号(論文のテーマは「日本の議会政治と立法プロセス」)。ランド研究所アジア太平洋政 策部長、南カリフォルニア大学準教授、エール大学準教授などを経て、現職。95年クリン トン政権の軍備管理軍縮局補佐官に任命される。対日政策のブレーンの一人。今秋から、 ジョージ・ワシントン大学教授に就任の予定。