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中山/経済力を生かし平和へイニシアチブを 小出/「安定」が国際関係の優先要件 玉井/非武装中立こそ最終的な日本の目標 |
(1999年6月5日付)
出席者中山雅司 創価大学法学部助教授(国際法)
小出稔 創価大学平和問題研究所助教授(国際関係論)
玉井秀樹 創価大学平和問題研究所助教授(平和学)
米軍基地問題、とりわけ沖縄問題
――日米安保体制、日米関係の喉(のど)に刺さったトゲは、沖縄の米軍基地問題であ るといわれます。在日米軍基地の約七五%が沖縄に集中し、九五年の少女暴行事件に象徴 される“社会的コスト”が非常に高い。
〈玉井〉 基地問題を解決するのは二通りの考え方があって、一つは、専門家が軍事力 の在り方を分析・検討して各地に基地を分散するなどの方法です。まさに「本土の沖縄化 」です。問題は、これでは沖縄から基地はなくならないと思うことです。軍事戦略は合理 性が求められ、どこに基地を置くのが一番合理的かつ経済効果があるのかといえば、沖縄 に整備された基地を現存させるのが一番いいわけです。
もう一つの考え方は、軍事的プレゼンス(駐留)自体を少なくするものです。私はここ 数年、平和学の見地から学生とともに沖縄を調査旅行しています。会う人ごとに言われる のが「基地をヤマトに移してほしいのではない。基地をなくしてほしいのだ。その点で本 土の人たちと共闘できるはずだ」と。
〈小出〉 沖縄の基地問題は、捉(とら)え方としては日本の国内問題であり、日本政 府の責任であるという視点をしっかり持つべきだと思うのです。日米安保をどのように続 けるのかという議論と変に混同すると問題解決の糸口が見えなくなってくる。更に新ガイ ドライン関連法では、民間や地方公共団体に協力を求めると明記されていますが、沖縄で は深刻に捉えていると思う。
〈中山〉 新ガイドラインと基地縮小のための沖縄特別行動委員会(SACO)は、ほ ぼ同時期に出てきた。前者は着実に推進される一方で、基地縮小は進展してない。抽象的 な言い方かもしれませんが、沖縄問題は、日本政府の人権感覚を反映した問題です。返還 まで二十七年、復帰から今日まで二十七年――五十四年間ずっと沖縄に基地があることは 変わっていない。県民の犠牲の上に日本の安全保障が成り立つという構造が改めて問われ る時期になっている。
96年「日米安保共同宣言」をどう見るか
――九六年四月、クリントン大統領と当時の橋本首相の間で発表された「日米安全保障 共同宣言」。冷戦後の同盟強化とアジア太平洋安保への貢献が謳(うた)われました。
〈小出〉 その前年の九五年、日本政府は防衛計画の大綱についても十九年ぶりに見直 しをしている。今回の新ガイドライン関連法案まで、実は非常に長い年月をかけて詰めて きたものだ。にもかかわらず、いまだ国民の意識とのギャップが大きい。
共同宣言では、極東を適用範囲としてきた従来の日米安保体制から、アジア太平洋地域 という形で広がっている。また、日本有事の枠を超えて、国際の平和と安全の維持という 役割を持たせ、朝鮮半島など日本の周辺事態に対しても積極的に貢献すると明記してある 。一段と広報活動を行うべきであり政府の説明責任は大です。
〈玉井〉 栗山尚一・前駐米大使は、聖教新聞のインタビューに答え「経済大国は世界 平和に政治責任を持つ」と共同宣言の理念を説明している。その問題設定に異論はない。 また私は日米安保の廃棄論者ではなく日米で協力体制を組むことにも反対しない。
ただ、米国の世界戦略に組み込まれ、米国流の軍事力を背景にした秩序維持システムを 補完していくやり方で、効果的にアジア太平洋の安全保障が維持できるのかどうか疑問を 感じている。まず独自の地域安保体制、安保システムの構想があるべきでないか。そうい う見地から共同宣言については批判的だ。
〈中山〉 共同宣言の安全保障の考え方は二本柱になっている。一つは、二国間防衛協 力と米軍の駐留。もう一つは、アセアン地域フォーラム(ARF)や北東アジアに関する 安全保障対話のような仕組みを発展させるため、日米両国は地域内の国々と共同作業を継 続していく、と。中国に対しても「取り込み」という方針を定めている。
確かに単なる軍事同盟から脱しようとしているが、今後、具体的に詰めていかないと冷 戦期の二国間体制を脱しきれないのではないか。というのも、私は国連を重要視している からだ。地域的な安全保障体制は、国連憲章五三条で認められている。しかし、仮想敵国 を前提とした軍事同盟は、あくまでも国連システムの例外的な措置だと考える必要があっ て、国連憲章は決して集団的自衛権を前面に出して推奨(すいしょう)しているわけでは ない。
「冷戦期同盟」から「21世紀同盟」へ
――歴史的に見ても超大国に対する同盟は常に対等であり得ない。昨年、細川元首相が 『フォーリン・アフェアーズ』誌に「今後も核の傘は必要だが、米軍の駐留はいらない」 という趣旨の論文を寄稿しました。これも一種の新しい同盟論の提示であると思いますが ……。
〈小出〉 ワシントン周辺では細川論文に猛反発していました。日米安保がもたらすの は核の傘だけではない、と。むしろ冷戦後の脅威とは、核兵器よりも、小規模かつ限定的 な紛争やテロ活動などであり、細川論文はそういう認識の欠けた、やや唐突な感じがしま した。
やはり同盟関係と言うなかで一貫して追求されるべきは、国際秩序の「安定」であると 思う。力を行使しなければ回復できないような無秩序状態の発生を防ぐ、つまり抑止の意 義が大きいと思います。秩序の混乱は、核兵器だけでなく、様々なレベルで起こりうるの で、大国間協調を中心に、きめ細かな対応が必要です。誤解を恐れずに言えば、正しいル ールは何かということは、安定させながら漸進(ぜんしん)的に追求すればよい。
〈玉井〉 一九八九年にブッシュ米大統領が「新世界秩序」を提唱した。米ソという対 立軸がない冷戦後、世界秩序をどう維持するか試行錯誤がありました。イラクがクウェー トを侵略したり、旧ユーゴの内戦が激しくなったり、ソマリア紛争があったり……。その 間、国連を強力にしようという機運もあったが挫折し、今日のNATOの空爆に至った。
二十一世紀の日米同盟のあり方について言えば、もはや軍事同盟は、国、あるいは地域 住民の安全を守る方法としては、有効でなくなってきているのではないか。日本の防衛と いう問題についても、非武装中立こそ最終的に目指すべき施策だと思っています。
〈中山〉 さまざまな脅威を想定し、安全保障を考えていくことが大切です。そのなか で日米関係も築いていく必要がある。日米関係は(軍事を重視した)安保条約だけではな い。より広く、日米がアジア太平洋地域の安定のために何ができるかを模索する必要があ る。小出さんは、日米同盟の眼目を国際秩序の「安定」に寄与する観点から位置づけた。 私はさらに、日本国憲法第九条が謳う生命尊厳の理念に基づく「非暴力思想」の世界化を 、どう達成するかだと主張したい。
ただ当面、国際秩序の安定のために武力の行使が避けられないのも事実で、武力行使の 際の手続きや目的の正当性を検証していくことが大事です。それに加えて、武力行使以外 の解決方法を重視し、外交や紛争の予防に力を注ぐべきです。日本は経済力があるわけで すから、紛争を防止しうる環境を整えるための貢献も十分可能です。日本としての幅広い 平和へのイニシアチブが今後の課題だと思うのです。
座談会を終えて/現実と理想と中庸の“格闘”に爽やかさ
五月二十日、東京・八王子市の創価大学平和問題研究所で行った座談会は約四時間に及 んだ。「人類の平和を守るフォートレス(要塞)たれ」との建学の理念を共有しつつも、 中山雅司、小出稔、玉井秀樹の三助教授による安全保障論議を軸とした「二十一世紀の日 米関係を考える」語らいは、時には対立し、時には互いを補完しあうものとなった。
パワー・ポリティックス(権力政治)の現実を踏まえた国際関係論の小出氏、非暴力の 理想を追求する平和学の玉井氏、両氏の立論に共鳴しながらも国連憲章など国際法の規範 に基づいた落としどころを模索する中山氏――。冷戦期の古い発想や情念にとらわれず、 新時代の日米関係を展望する知的な意気込みが爽(さわ)やかだった。
編集作業の過程で連想したのは、明治の思想家・中江兆民の著作『三酔人経綸(けいり ん)問答』(岩波文庫)だ。政治道徳論者の洋学紳士、権力政治論者の東洋豪傑、中庸( ちゅうよう)志向の南海先生という三酒客が鼎談(ていだん)する政治外交論の古典であ る。訳・校注に当たった桑原武夫氏の解説によれば、「三人のうちの一人を捨象しては兆 民は理解しえない」という。
兆民は、敵に攻め込まれたら「弾を受けて死せんのみ」と言う洋学紳士も、大陸に攻め 込み「新大邦」を得ようと主張する東洋豪傑の論も、南海先生をして「過慮(かりょ)」 であると退けさせている。そのバランス感覚に首肯(うなず)きつつも、ひるがえって昨 今の世情では、洋学紳士の言説が霞(かす)みがちであることの「空白」を痛感した。( 司会・構成=野山智章記者)
*この座談会の《上》は五月二十九日付に掲載