

(1999年5月15日付)
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沖縄 両政府の約束不履行が「負の遺産」に 対中国 TMD は政治的なリスクが大きすぎる |
衆議院通過にともない、新しい日米防衛協力のための指針(ガイドライン)関連法案は 、今月十日から審議の舞台を参議院に移した。また、沖縄県で初の同法案に関する地方公 聴会の開催(十九日)が決まった。更に、二〇〇〇年サミットの沖縄開催も――。ここで は、「普天間(ふてんま)飛行場」返還作業が滞(とどこお)った際、沖縄側の意見も採 り入れた日米特別行動委員会(SACO)の合意の再検討を訴えるなど、米軍基地問題に 詳しい米ボストン大学のシーラ・スミス助教授に安保調整期の課題を聞いた。(聞き手= 野山智章記者)
――一九九五年九月に沖縄で少女暴行事件が起こり、その一カ月後には、大田知事が米 軍用地強制使用手続きの代理署名を拒否。まさに、沖縄が日米安保体制を揺さぶりました 。
反基地運動が事件を契機に盛り上がり、日米安保体制に対する日本国民の反対感情が久 しぶりに高まったことに注目していました。沖縄の基地問題の歴史を振り返ると、東京と ワシントン間の交渉や政策過程において、しばしば沖縄県民に対する約束は破られてきた 。その「負の遺産」が残っているわけです。だから、最終的に責任があるのは日米両政府 だと思います。
米国人の立場から見ても、知事が声をあげるのは当たり前だと思うのです。地元の人た ちを守り、地元の利益を語るのは政治家の役割です。学者出身の大田知事は大きな流れを よく読んでいて、沖縄県民のために勇気ある行動をとったと思います。
大田知事の際(きわ)だったところは、自分の政府に陳情するとともに、米国に直接訴 えたことがまず一つです。それは、沖縄県民の気持ちとして、日本の政府が沖縄県民を守 っていないという気持ちが強いからだと思うのです。さまざまな場で沖縄の事情を伝える ことが大事と、ワシントンに行ったり、市民団体を使ったりした。政治的な活動がすごく 上手だったのです。
――九五年十月二十一日、宜野湾市海浜公園で開かれた県民総決起大会の参加者は約八 万五千人と記録されています。
保守系か革新系かといった垣根を超えた、沖縄県民としての反発だったのです。その市 民レベルでの強いうねりが大田さんに自信をつけて、知事として働く力になったと思うの です。そういう広範な県民の意思に支えられての政治的行動でした。
ところが東京に行きますと、大田さんが橋本首相を恨んだとか、すごく個人的な話に収
斂(しゅうれん)しているわけです。確かに、お互いが感情的になっている証拠だったと
思うけれども、根本的にはこれは県民と国の政治的な問題ですから、冷静になって交渉す
るべきでした。
私は、SACOのメンバーになった日米両政府の人たちについて、個人的に顔ぶれが大 体わかっています。ワシントンも東京もまじめにこれを解決しようと思った。ごまかしで もなんでもないと思います。
ではどうすればよいのか。実は、これは七〇年代の宿題だったのです。関東における米 軍基地の整理縮小計画は進んでいたのに、沖縄の整理縮小計画は二十年ぐらい店晒(たな ざら)しでした。数字的には二〇%〜三〇%しか達してない。やはり沖縄は無視されてい たと思います。まず関東を片づけて沖縄は後回しという感じだった。だから「負の遺産」 だと思うのです。
私は「普天間返還」が発表されたとき、ちょうどハワイの学会に出席していました。日
本の安全保障についての論文を報告していたのです。そこに友人が「普天間返還だ」と興
奮気味に新聞を持ってきた。私はショックを受けました。「よくそこまでできたものだ」
というのが正直な感想でした。もちろん、普天間飛行場は、住宅地域と隣接しており危険
きわまりなく、あんなに人口が密集した所に存在するべきではないのですが……。
その通りです。いろんな意味で。どういう形で日本と米国が安全保障を協力的な形で続 けられるのか、まだ十分討論されていない。新ガイドラインという形で軍事的な協力だけ が先行しています。それは専門家同士の話だけれども、これから日本の国内においては、 本当に国民から支持されるような日米安保をつくらなければならないと思います。やはり 、日本の国会で、もっと討論されるべきだと思う。
更に、先般の北朝鮮(朝鮮民主主義人民共和国)によるミサイル発射(テポドン)の際 の反応を見ると、日本の安保論議の歪(ゆが)みが表出していたように思います。危機が あってから拙速に安保を考えるのではなく、むしろ平時において日本国民の世論が、政策 立案過程のなかに組み込まれるような形をつくるべきでしょう。そうでなければ話が変な 方向に行きかねない。
私から見て日本に必要なのは、国際責任とか安全保障、憲法、いずれの課題にしても、
まず政府の責任、そして国民の信頼という諸点の議論だと思います。つまり自国の政府に
どこまで権限を与えるかという民主主義の基本に関する議論です。
――日米安保の再調整に際して周辺諸国への配慮が必要と考えますが。
従来の日米安保体制は、いわば夫婦のような関係でした。日米で語りあって、「もっと 思いやり予算を払って」とか、「もっと軍事力を増やして」とか決めればよかった。しか し、これからはそうはいかない。今回の新ガイドラインでよく分かったことは、日米の協 同した動きには、中国の反応もあるし、韓国の反応も静かだけれどやはりあるわけです。
日米が何をするのかによって、これからのアジア太平洋の政治や安全保障の環境は大き く左右される。それを配慮しなければならない、甘い考えは許されない国際情勢だと思う のです。しかしながら現状では、日米間に「悪意はないのだから中国は心配すべきでない 」というような安易さがあると思います。
――例えばTMD(戦域ミサイル防衛構想)を巡って、中国の国会にあたる全人代で朱 溶基首相が懸念を表明しています。
TMDについての私の答えは簡単です。日米欧の関係者が語るような、単に「先端技術 が欲しいからこの政策を採用する」という論理はおかしい。アジア太平洋地域において、 米国と日本が将来、「中国と仲良くしていきましょう」というのであれば、TMDはやめ たほうがよいと思います。
第一に、肝心の技術の問題が確かではない。もし本当に核兵器を防御することが可能で
あるならば、中国を招待して、共同で研究すればよいのです。日米両政府は、このカード
を使って中国と交渉しようとしているように見えますが危なすぎます。政治的なリスクが
大きすぎて、合理的な選択ではないのです。
取材メモ
発想の転換こそ打開への道
米海軍の軍人だった父親の日本勤務のため七〇年代前半に三沢基地に住んだのが日本と の最初のかかわりというスミス博士。その後、二十歳の時に上智大学に留学したり、東大 や日本国際問題研究所でも研究員として活動した。沖縄の基地問題についても、練達の日 本語能力を駆使し、徹底したフィールド・ワーク(現地調査)に基づく研究は高く評価さ れている。
日米安保のウィーク・ポイント(弱点)は、「常に政策担当者が国民(の反対)から安
保を守ることに腐心しなければならない構図にある」と指摘する氏。沖縄の現状について
も「こんなに米軍基地が集中している中で生活している日本人は沖縄県民以外にいない。
基地問題は、国と県の対立という構図を脱して、県民の苦しみをどうやって解決するかを
政策の上でじっくり考えるべき」と説得的に語ってくれた。
略歴 Sheila Smith 国際政治学者。現在、国際日本文化研究センター客員助教授(京都在住)。昨年は、琉 球大学研究員として沖縄に滞在し米軍基地問題を研究。米国の外交政策に影響力を持つ外 交問題評議会のメンバーでもある。96年、米コロンビア大学で政治学の博士号取得。論文 テーマは「日本の安全保障政策の形成」。