

(1999年4月3日付)
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安保再定義本側のイニシアチブも 波紋広げた「多角的安保協力」の構想 |
日米安全保障体制の再定義は、米国の一方的なイニシアチブ(主導)によって行われたものではない。日本側も一九九四年二月に細川首相が諮問(しもん)し、樋口廣太郎アサヒビール会長を座長とする防衛問題懇談会によって答申された報告書に見られる取り組みがあった。「樋口リポート」と呼ばれる同報告書の作成に草案執筆者として携わった渡辺昭夫・青山学院大学教授に話を聞いた。(聞き手=野山智章記者)
――今国会で論議されている「新ガイドライン」は、「樋口リポート(九四年)」「ナイ・リポート(九五年)」「日米安保共同宣言(九六年)」という系譜の中で形成されたものです。「樋口リポート」はまさに絶妙のタイミングで公表されましたね。
東京とワシントンの作業がタイミング的に合ったということでしょう。日米安保の再定義は、日本が米国に仕方なしに引っ張られたものではない。日本側のイニシアチブがあったし、競争したわけではありませんが(笑い)、私たちのほうが早く考えを表明したのです。「ナイ・リポート」は、私たちの考え方を視野に入れながら書かれたことは間違いないと思います。
当時の日本では、冷戦が終わり、いわゆる五五年体制も崩壊して政権交代が実現した。「平和の配当」という考え方もあるので、防衛予算をカットする時代だ、軍縮すべきだという雰囲気があって、そういう議論に応える意味で細川首相は私たちに諮問されたと思うのです。
米国では、クリントン政権になってから特に日米関係がおかしくなっていた。その背景には、簡単に言うと「対ソ脅威論(軍事)」から「対日脅威論(経済)」へという米国内の議論があった。そういうなかで日米関係、とくに安全保障上の協力関係の意味が見失われてきた。これは後から分かったことですが、米政府は冷戦後の新しい状況に即応して日米関係をもう一度、意義づけなければならないと考えて、同種の作業を始めていたのです。
――「樋口リポート」が謳(うた)う、多角的安全保障協力とはどういうものですか。
第一に、安全保障というのは、最も良いのは関係諸国が総体としてお互いに信頼しあう関係、政治的に良い関係になっていくということです。
第二に、実際に安全保障が問題となるのは、何らかの意味で敵意や猜疑(さいぎ)心や不信感が残っているときです。何かがきっかけになって、どこかで紛争の火を噴(ふ)くかもしれない。それをできるだけ早く抑えようという、いわば予防外交的な話になる。また、危機が拡大しないよう抑えていくという危機管理的な発想がある。
第三に、それでも不幸にして不信関係、敵対関係が高じてくると火を噴いてしまう。万一、敵対国から攻撃されたときどう対応するか、あるいは攻撃をどう回避するかという、いわゆる抑止と防禦(ぼうぎょ)という一番狭い意味での防衛政策がある。
この三つのレベル全体を含んで安全保障政策と呼ぶわけで、論理的に言うとこういう順番です。しかし、私たちは現実からスタートしなければならない。まずは、最悪の事態に対応できる防衛力を互いに持っているという関係で、そこからスタートせざるを得ない。
話を現実に戻すと、米国とアジア諸国の二国間同盟は、中国から見るとある種の気味の悪いものに映っています。「セキュリティ・コミュニティ(安全保障上の仲間)」という言葉がありますが、中国と日本その他のアジア太平洋諸国に米国も加わった安全保障の共同体ができれば、それはまさに望ましい多角的安全保障協力の姿なのです。
――米国は欧州ではNATO(北大西洋条約機構)のような多角的安全保障協力を採用しているが、アジア太平洋地域では戦後半世紀を経た今でも、米国を車軸としてスポーク(輻〈や〉)で支え合うような二国間の関係が主力となっています。
まず第一に、確かに欧州ではいわゆる多国間の形になったけれども、アジア太平洋地域では米国対A国、B国、C国というような形になっている。しかし、これは結果的な話であって、五〇年代を見てみると、欧州のモデルを考えながらアジア太平洋でも同種のものができないかという話は、日米安保条約ができる過程で繰り返しなされているのです。けれどもそれはできなかった。要するに日本への信頼が欠けていたためです。
つまり日本と他のアジア太平洋諸国に政治的に仲間だという関係がないときにそんなものができる筈(はず)がない。しかし、今はだんだん状況が変わってきている。たとえば日韓関係です。これまで韓国は、日本が何らかの役割を果たすことに対して完全にノーだったわけです。ところが最近は少し変わってきて、新ガイドラインの関連で議論している朝鮮半島有事の際に、日本がある程度の役割を果たすことについては、彼らは結構だと言うようになってきている。日韓に政治的に良い関係ができてきているということです。
第二に、欧州の場合でも、米国を中において関係する国がそれと協力するという形をとっていて、形は違うけれども、機能的にはそう違うものではないと思っています。現に日本と米国と韓国の三国間には形式的には存在しなくとも機能的にはある種の多角的な安全保障協力ができつつあります。無理に欧州のような形にしなくても、機能上そうなっていけばよい。
同じような態度がオーストラリアのほうにもできてきています。昔はオーストラリアの反日感情は大変強かったのですが、今はアジア太平洋地域でも一番前向きの感じになってきている。オーストラリアも日本も米国の同盟国ですが、その同盟国同士が互いに背を向けた関係ではなくなってきている。機能的には、欧州のNATO同盟と変わらなくなってきているのです。
――日米安保条約の運用に関して、一部にある「米軍の有事駐留論」をどう見ますか。
「ナイ・リポート」によれば、米国は世界の二カ所で同時に紛争が起きたときにも対応できる兵力を維持するとして、欧州とアジア太平洋に各十万人規模の兵力を残すとしています。しかし、地上軍をそんなに配置しておかなくてもよいように、欧州でもアジア太平洋でも将来なり得ると思うのです。そうなると、かなり有事駐留的な形になる。
常時、どれだけの兵力を置いておかねばならないかというのは、かなり技術的な問題で、状況次第だと思います。仮に、朝鮮半島の事態が政治的に解決し、台湾の問題も政治的になんらかの決着がつけば、アジア太平洋に米軍が十万人の兵力を張りつけて置く必然性はなくなると思います。たとえば、沖縄にある海兵隊を大幅に減らして、いざという時に来れるような態勢に近づけることは、十分可能だと思います。有事駐留というのは、簡単に言えば、海と空で展開できるだけのネットワークがあればいいわけです。
樋口リポートとは
正式な標題は「日本の安全保障と防衛力のあり方 二十一世紀へ向けての展望」。完成は九四年八月で、当時の村山首相に手渡された。ここでは能動的・建設的な安全保障政策を作り上げる方途として、多角的安全保障協力日米安全保障協力関係の機能充実信頼性の高い効率的な防衛力の維持と運用を提唱した。一番目に多角的安全保障協力を掲げたことで、米国側から“離米の兆候(ちょうこう)か”と懸念された。九五年に公表されたジョセフ・ナイ国防次官補らによる「東アジア戦略報告」は、これに対抗する意図もあったと言われている。
取材メモ
博士論文は沖縄問題、“因縁”深く
渡辺教授の父は陸軍中将で、沖縄戦を指揮した牛島司令官の前任者であった。また、オーストラリア国立大学に提出した博士論文のテーマは「沖縄問題」。そこで、「沖縄に関心を向けたのはご父君の影響ですか」と尋ねてみた。教授は「直接にはつながらない。ただ、沖縄にその後も縁が深くなったのは一つの因縁かも知れません」と感慨深げに語ってくれた。
略歴 わたなべ・あきお 1932年、千葉市生まれ。東大大学院修士課程修了後、オーストラリア国立大学大学院で国際関係を専攻し博士号取得。香港大学講師、明治大学助教授を経て、東大教授。93年から青山学院大学教授。著書に『戦後日本の政治と外交』『アジア太平洋の国際関係と日本』など多数。